チベット仏教と線香


① 宗派別の主な寺院と線香 ※(🌏️北緯, 東経)
・ゲルク派
・カギュ派
・サキャ派
・ニンマ派
② チベット線香と五大地域社会
③ 尼木藏香
④ チベット族
⑤ チベット三大名香
 "おすすめのチベット線香を教えて下さい"
⑥ チベット医学の三大機関
⑦ チベットの木版印刷所
⑧ ブータン王国の線香
⑨ 象雄王国とボン教
⑩ チベットの修行洞窟群
⑪ チベットの歴史
⑫ 亡命地インドのダラムサラ
⑬ インド亡命した寺院一覧(座標)
⑭ 周辺国のチベット寺院と施設一覧(座標)
⑮ チベットと中国
・民族団結進歩促進法


① 宗派別の主な寺院と線香


🟡ゲルク派(黄教、黄帽派)

15世紀初頭、ツォンカパによって創始された。戒律を重視し、僧侶の妻帯を禁じる。総本山はガンデン寺。


・ポタラ宮殿(布達拉宮)

🌏️29.65778, 91.11694
ポタラ宮は、1994年にユネスコの世界文化遺産として登録されました。宮殿は大きく「白宮殿」と「紅宮殿」に分かれています。「ポタラ」は「普陀」を意味し、観音菩薩が住む場所とされています。チベット自治区ラサ市の紅山(マルポリ)の丘に位置しており、標高は3,700メートルに達します。西蔵自治区拉薩市城関区北京中路35号。

→ポタラ香

・ジョカン寺(トゥルナン寺、大昭寺)

🌏️29.65306, 91.13139
7世紀にソンツェン・ガンポによって建てられ、ネパールのティツン妃と唐の文成公主がそれぞれ持ち込んだ仏像が祀られています。内部には「千仏廊」と呼ばれる千体の仏像が描かれた壁画回廊や「覚康仏殿」があり、金箔の屋根が特徴的です。多くの信者が寺院の周囲にある「バルコール(八廓街)通り」を時計回りに巡礼し、「五体投地」を行っています。ラサ市内の標高約3,650メートルに位置し、世界遺産「ポタラ宮の歴史的遺跡群」の一部として認定されています。西蔵自治区拉薩市城関区八廓西街2号。

→大昭寺聚福古香


・ガンデン寺(甘丹寺)

🌏️29.75806, 91.47500
1409年、ゲルク派の開祖であるツォンカパによって、ワンブール山(旺波日山)の標高約4,300mの山頂付近に建てられました。「ガンデン」は、サンスクリット語の「トゥシタ」の訳語で、仏教の宇宙観における兜率天(とそつてん)を意味します。未来仏である弥勒菩薩が現在修行している浄土とされています。​セラ寺、デプン寺とともに「ラサの三大寺」に数えられ、ゲルク派の最高指導者である「ガンデン・ティパ(ガンデン寺座主)」が位置する宗派の最高権威です。毎年チベット暦の10月25日には、ツォンカパの命日を記念して何千もの灯明を捧げる「ガンデン・ガムチョ(ツォンカパ・バターランプ祭)」が盛大に執り行われます。西蔵自治区拉薩市達孜(ダツェ)区。

亡命先インドの寺院
🟡ガデン・シャルツェ僧院
> 14.991109,75.002212
🟡シャー・ガッテン大学
> 14.990061,75.003045
🟡サーポム・トサーム・ノーリング大学
> 14.993099,75.006045

→甘丹康巴藏香
→甘丹敏巴藏香

・セラ寺(色拉寺)

🌏️29.69806, 91.13333
1419年、ゲルク派の開祖ツォンカパの直弟子であるジャムチェン・チョジェ(大慈法王)によって創建されました。ラサ市街の北側、約5kmに位置するセラ・ウツェ山(烏孜山)の麓に佇んでいます。​標高約3,700メートルに数多くの僧侶が暮らし修行に励む一大コミュニティが存在しています。​創建から間もない頃、明の永楽帝から創設者ジャムチェン・チョジェに贈られたとされる『永楽版ガンユル大蔵経』が伝わっています。​朱色のインク(朱砂)で印刷され、精巧な装飾が施された経典です。毎日午後(主として15時頃から)に中庭で行われる仏教の討論会「問答(ツェンパ)」があります。西蔵自治区拉薩市城関区色拉路。

亡命先インドの寺院
🟡セラ・ジェイ修道院・色拉傑寺
> 12.415994,75.952863
🟡セラ・メイ修道院
> 12.420897,75.951950
🟡テクチェンリン・ゴンパ
> 12.411476,75.978213

→色拉寺蔵香
→三十一味安神薬香

・ザキ寺(扎基寺) 

🌏️29.67639, 91.14061
チベット唯一の財神廟があります。ザキ・ラームは、女性の財神です。中国内陸部(漢族の地)からチベットへやってきた女神(一説には清朝の宮廷から高僧に付いてきた、あるいは乾隆帝の妃の魂が宿ったとも)と伝えられています。そのため、「彼女の故郷の好物である強いお酒(白酒)を供えると喜ぶ」とされ、参拝者が競って茅台酒(マオタイ)などの白酒や、彼女が好むとされるお香を買い求めて境内に持ち込むようになりました。ザキ寺は、曜日によってご利益が異なると信じられています。財運・ビジネス運・満願成就の日は金曜日。月曜日は健康・安全。水曜日は求財・トラブル回避など。西蔵自治区拉薩市城関区扎基東路。

→扎基寺財神庙藏香
→財神藏香

・デプン寺(哲蚌寺)

🌏️29.67639, 91.04750
1416年に創建され、標高約3,800メートルの根培烏孜山(ゲンペウツ山)の斜面に位置しています。最盛期には1万人以上の僧侶が暮らす世界最大級の寺院でした。「デプン」はチベット語で「米の集積」を意味し、山肌に白亜の僧房が立ち並ぶ様子が米を積んだように見えることに由来します。ダライ・ラマ5世がポタラ宮に移るまで拠点としていたガンデン・ポトラン(兜卒殿)や、主要な本堂であるツォクチェン大堂(郭琴本堂)があります。1642年に発足したチベット政府の固有名詞「諸方に勝利せるガンデンポタン」は、兜卒殿に由来します。貴重な文化遺物を収集しており、毎年開催されるショトン祭(ヨーグルト祭)では、巨大なタンカ(仏画)が開帳されます。敷地25万平方メートルに約5,000室の部屋があります。西蔵自治区拉薩市城関区北京西路276号。

亡命先インドの寺院
🟡デプン・ゴマン学堂
> 15.028857,75.005764
🟡デプン・ロセルリン学堂
> 15.025728,75.003746

哲蚌藏香

南インドのデプン寺ロセルリン学堂

・タシルンポ寺(扎什倫布寺)

🌏️29.26861, 88.86994
ダライ・ラマ1世が1447年に創建しました。ゲルク派の六大寺院の一つです。4世以降、パンチェン・ラマ(ダライ・ラマに次ぐ高位の僧)の歴代の居所・政治宗教の本拠地となりました。 チベット第2の都市であるシガツェ(日喀則)の尼瑪山(ドルマ山)の嶺に広がる、敷地面積15万平方メートルの広大な大僧院です。最盛期には4,700人以上の僧侶を擁していました。世界最大級の銅製の弥勒菩薩像(高さ26メートル)が安置されています。歴代パンチェン・ラマの法体を納めた、金銀や宝石で装飾された豪華な霊塔殿があります。エンゴン寺が祖先寺院となります。西蔵自治区日喀則市桑珠孜区几吉朗卡路1号。

亡命先インドのタシルンポ寺
> 12.426657,75.986623

→タシルンポ寺院香
亡命先インドのタルシンポ寺

・タール寺(塔爾寺

🌏️36.490939,101.568242
ゲルク派の六大寺院です。ゲルク派の創始者である「ツォンカパ」が生まれた聖地、蓮花山の谷に建てられています。ツォンカパの誕生を記念して建てられた「大銀塔」という塔(ター)の後に寺院(ル)が整備されたため、「塔爾寺(タール寺)」と名付けられました。彫刻は、ヤクの乳から作ったバター(酥油花)に彩色し、仏画は、何百年経っても色褪せない独自の技法により描かれました。刺繍は、絹の布に綿などを詰めて立体感を出した伝統的な「堆繍」により仏教絵画を表現しています。青海省西寧市湟中区魯沙爾鎮金塔路56号。

→塔欠寺藏医院吉供香
→密宗清除汚穢薫香塔

・ラプラン寺(拉卜楞寺) 

🌏️35.194018,102.506037
ケニ山に抱かれ柳山を望む黄金の盆地にあり、最高学府(大学)の機能を持ちます。1710年創建。ルンタ(風の馬)。甘南藏族自治州夏河县拉卜楞镇人民西街252号。

亡命先インドのタシキル僧院
> 30.257544,77.995354

→拉卜寺古法藏香
→駿馬36味藏香
→龍騰蔵香
→達亜甘蔵薬香
→二十五味財神藏香

・ガンゼ寺(甘孜寺)

🌏️31.63444, 99.98528
ガンゼ寺院は 、四川省ガンゼ・チベット族自治州ガンゼ県に位置しています。1662年にモンゴルで最も有力な部族によって建立されました。16世紀後半、モンゴルの支配者が寺院を全面的に支援していたため、甘孜寺はカム地方で最も強力で規模の大きい寺院の一つでした。ゲルク派の修行者は、ゲルク派の経典を暗記し、議論することによって、20年以上かけて徹底的に研究します。寺院全体には約1万体の仏像と、ゲルク派の開祖ツォンカパの経典を含む数千のチベット仏教経典があります。また、多くの歴史的な仏教経典、古いマスケット銃、巨大な祈りが収められた小さな礼拝堂もあります。四川甘孜白塔公園。


・ガデン・ソンツェンリン寺(噶丹松賛林寺)

🌏️27.86333, 99.70417
1679年、ダライ・ラマ5世によって建立。清朝の康熙帝は、この寺院の発展を全面的に支援しました。1936年4月24日、同寺院は軍事行動中にこの地域を通過した共産党の賀龍(ホー・ロン)将軍に対し、全面的な支援を行いました。しかし、1959年に寺院は破壊されました。1981年以降に建物の大部分は修復されましたが、僧侶たちは絶え間ない監視の下で生活しています。8つの学堂を含む6つの主要な建造物で構成されています。本堂では、1,500人以上の僧侶が集まり、経典を読誦します。堂内には、貝葉に記された多数の経典や、主祭壇に安置された高さ8メートルの金箔を施した釈迦牟尼仏像、そして釈迦の生涯を描いた絵画などが納められています。「小ポタラ宮」とも呼ばれています。標高3,380m。中国雲南省デチェン・チベット族自治州シャングリラ市。


デツァン寺(大藏寺、大藏恒林寺)

🌏️32.13694, 102.22750
大藏寺は、四川省阿壩州馬爾康(マールカン)に位置します。1414年、宗祖ツォンカパの直弟子であるツァコ・アワン・タクパ(阿旺札巴)によって創建。彼が建立した108の寺院の中で最後の、そして最も重要な寺院の一つです。大蔵寺は創建以来、600年以上にわたり天然の蔵香(チベット香)を作り続けています。

→大藏極品普賢妙雲香
→祈竹妙喜香


・リンジョウシアゴンバ(林周夏寺)

🌏️29.97806, 91.18194
チベット自治区ラサ市林周県にあるチベット仏教の寺院です。標高約4,300mの山あいに位置し、700年以上の歴史を誇る僧院であり、「天国に最も近い尼寺」とも呼ばれる聖地です。108基の白塔(チョルテン)が境内に整然と林立しています。チベットの秘境として知られています。

→圣地夏寺藏香

・シャチュン寺(夏宗寺)

🌏️36.42972, 101.95000
シャチュンは「鹿の砦」を意味し、山頂の崖の峻険な地形に建てられています。境内からは、眼下に大きく蛇行する黄河の景観(九曲黄河)を見下ろすことができます。1359年、チベット仏教カルマ・カギュ派の最高指導者であるカルマ・パ4世(ロルペ・ドルジェ)によって開創されたと伝えられています。アムド地方(青海)の修行僧たちが瞑想や厳しい修行を行うための「4大禅定処(修行地)」(夏宗寺、賽宗、阿瓊南宗、班摩曲宗)の一つとして数えられ尊ばれてきました。青海省海東市平安区三合鎮に位置します。



・シャチョン寺(夏瓊寺) 

🌏️36.14824, 101.87635
ツォンカパ大師の啓蒙の師であるチュジェ・ドンドゥプ・リンチェンにより1349年に創建されました。寺院名は、背後にある山脈の峰が「大鵬(ガルーダ、鳥の王)」が羽を広げたような形をしていることに由来します。ツォンカパが少年時代に得度し経典を学んだ聖地で、湟北四大名寺(佑寧寺、却蔵寺、広惠寺、夏瓊寺)の一つです。1788年に清の乾隆帝より「法浄寺」の名を賜り、満州語・漢語・モンゴル語・チベット語の4つの言語で書かれた金字の額が贈られました。敷地は27万平方メートルに及び、大小27の建築群と2,260室の仏殿・僧房で構成されています。青海省海東市化隆回族自治県査甫郷に位置します。


・コパン僧院、カチョエ・ガキル・リン尼僧院

🌏️27.4429, 85.2200
コパン僧院は、ラマ・ブッテン・イェシェーとラマ・ソパ・リンポチェによって1969年に創設されました。後に、ラマ・イェシェーが1979年に亡命してきた2人のチベット人尼僧をコパン僧院に迎え入れました。尼僧の数は徐々に増加し、1994年には独立した居住・修行施設が建設されました。修道院名のカチョエ・ガキル・リンは、「空行者の純粋な至福の地」の意味です。女性としては取得が極めて困難であった最高位の仏教博科学位ゲシェマを取得できます。ネパール。

→Lawudo Incense
→Medicine Buddha Healing Incense
→Lotus Blossom 


・ナルタン寺(納塘寺)

🌏️29.191084, 88.764280
1153年にトゥムトン・ロドゥ・ドラクパ僧によって建立。1730年、チベットの地方政府は、チベットの古い書籍や経典を保存し継承するため、ナルタン印経院を創設しました。チベット三大経典の一つである「ナルタン版大蔵経」を出版。貴重な仏教文献や版木を数多く保存していることから、「チベットの図書館」と称されています。西藏自治区日喀则市桑珠孜区。標高3,850m。

→納塘寺藏香

・ロンウ寺(隆務寺)

🌏️ 35.5083854, 102.0076811
1301年に創建されたアムド地区最大級のチベット仏教ゲルク派寺院です。チベット仏教美術である「タンカ」の中心地として知られており、壮大な建築物や色鮮やかな壁画を見学できます。寺院周辺は、仏教絵画や彫刻、刺繍などのレゴン芸術(熱貢芸術)の産地です。近隣には、吾屯(ウトン)寺があります。中国青海省黄南蔵族自治州同仁市隆務鎮。

→隆务大寺供佛藏香

・ウトン寺(吾屯上寺・吾屯下寺)

🌏️ 35.556548, 102.051744
1385年に創建。「熱貢(レゴン)芸術」の中心地として知られ、境内には極彩色の壁画や精巧なタンカ(仏画)が数多く残されています。チベット仏教美術の粋を集めた大経堂や、周囲にそびえる白い仏塔、タンカ制作や仏像工芸の工房が周辺の村落に並んでいるなどの特徴があります。青海省黄南チベット族自治州(レプゴン市)同仁市吾屯村。

→吾屯上寺藏香
→吾屯下寺藏香

・エルデネ・ゾー寺院

🌏️ 47.201372,102.842099
1585年、ハルハ・モンゴルの有力な君主であったアブタイ・サイン・ハーンが、チベット仏教のダライ・ラマ3世ソナムギャムツォと会見したことをきっかけに建立されました。これにより、モンゴルにおいてチベット仏教が国教として宣言され、急速に広まることとなりました。モンゴルの古都カラコルムの郊外にあり、モンゴル最古の仏教寺院です。仏陀の人生を象徴する3つの本堂と、108基の仏塔が連なる外壁が特徴です。1924年、社会主義国が成立したことで宗教活動が制約を受け、スターリン政権下の1939年の宗教弾圧で大部分が破壊されました。外壁と3寺院は残り、現在は修行道場兼博物館として復活しています。モンゴル国ウブルハンガイ県。


・アマルバヤスガラント寺(慶寧寺)

🌏️ 49.480, 105.085
1736年、ジェプツンタンパ2世が、清の雍正帝の指示により建造した中国皇室寺院です。屋根には仙人や神獣が配置され、北京の宮殿「雍和宮」に似た中国皇室風の壮麗な建築様式を持っています。1937年のスターリンによる粛清の際、一部破壊を免れた数少ない修道院の一つ。僧侶の多くは共産党政権によって処刑され、タンカや彫像、写本などの遺物も略奪されたが、一部は隠され保管されました。当初は40以上の寺院から構成されていましたが、現在残っているのは28寺院です。モンゴル北部セレンゲ県バルーンブレン郡。標高1000m。


・トッフン寺

🌏️ 47.0119551, 102.2554951
1650年頃に完成しました。17世紀に初代活仏ザナバザルが修行し、モンゴル文字(ソヨンボ文字)などを創始した聖地として知られています。モンゴル国ウブルハンガイ県バトゥルジート村トッフンシレット山頂(オルホン渓谷周辺)。標高約2600m。


・タントゥク寺(昌珠寺)

🌏️ 29.190747.91.772345
650年、吐蕃王朝のソンツェン・ガンポ王によって建立されたチベット史上最も古い仏教寺院の一つで、ラサのジョカン寺(大昭寺)と同時期に建てられました。文成公主が唐から嫁いできた場所で、寺院は松賛干布と文成公主の冬の離宮としても使用され、文成公主が実際に使用したと伝えられるかまどや土器が保管されています。また、文成公主が風水に基づき、魔女を鎮めるために建立を提案した十二鎮魔寺の一つで、魔女の左肩を抑える位置にあります。チベット語で、「昌」は鷹やハヤブサを意味し、「珠」は龍を意味します。元末明初の頃、ネドン王のブリクティ王女が、約2万9千粒の真珠や宝石、金糸を用いて十一面観音菩薩を描いた「堅期木尼額松像・真珠唐卡」は、芸術的・歴史的に極めて貴重な至宝とされています。山南市乃東区沢当(ツェダン)鎮。


・ナムギャルセカン寺院(朗杰色康寺・南杰色康寺)

🌏️ 29.6018413, 91.0416761
ラムギャル・セカン寺院のチベット五科文化学院が開発したチベット香は、チベット文化の五大分野とチベット医学理論に基づいて作られています。歴史上の著名な達人たちの処方のエッセンスを取り入れ、伝統的な技術と現代のテクノロジーを融合させています。白檀、紫白檀、サフラン、沈香など、20種類以上の貴重で純粋な天然薬用素材から作られています。この製品は仏教供養に最適であり、浄化、邪気払い、穢れの除去、殺菌、空気の浄化、インフルエンザの予防といった効能、また知性と人格の向上、疲労の軽減、心の平安、願望成就、仕事と生活への集中力向上といった効果も期待できます。ラサ市柳梧新区桑達村。標高3650m。

→南杰色康寺利済介生洲藏香

・ナムギャル僧院

🌏️ 32.232524,76.324572
インドのダラムサラにある「ナムギャル僧院」は、ダライ・ラマ14世の公式な寺院であり、チベット亡命政府におけるチベット仏教ゲルク派の総本山です。16世紀にダライ・ラマ3世によって創建。元々はチベットのラサにありました。1959年のチベット侵攻に伴いダライ・ラマ14世がインドへ亡命したことに伴い、ダラムサラの地(マクロード・ガンジ)へ移転されました。ツクラカン堂とカーラチャクラ堂からなります。現在ではチベットの宗教的・文化的な心臓部として機能しています。ツクラカン堂(大本堂)は、ダライ・ラマ公邸の正面に位置し、巨大な釈迦牟尼仏像などが祀られています。カーラチャクラ堂(時輪堂)は、色鮮やかな美しい曼荼羅の壁画で知られるお堂です。僧院の周囲には数多くのマニ車が設置されており、回しながら巡礼路を歩くことができます。


・ギュトー密教寺院

🌏️ 32.186383, 76.368172
インドのダラムサラにあるカルマパ17世の公式な居所。ゲルク派の重要な高等密教研修機関(密教大学)であり、シドゥバリを代表する最も有名なスピリチュアルスポットです。ダウラダール山脈を背景に佇むチベット建築の巨大な寺院で、黄金の仏像や荘厳な読経が響く瞑想スポットです。


・ギュメ密教学堂

🌏️ 29.65613, 91.13347
1433年、シェーラプ・センゲがラサ市に設立。ゲルク派における、密教を専門とする最高学府です。ギュメ学堂とも呼ばれ、同じく密教を専門とするギュト密教学堂と並んで、ゲルク派密教の総本山に近い極めて重要な役割を担っています。中国によるチベット侵攻に伴って、ギュメ学堂のうち150名の僧侶が、1959年のダライ・ラマ14世の亡命とともにインドに渡りました。最初は、北インドのダルホージーに一時的に僧院を再建し、1972年に、カルナータカ州の助力により南インドのグルプラの現在の地に移転しました。現在は、500名の僧侶を抱える僧院となっています。チベット仏教の正規の僧侶は、通常、基礎的な教理を学ぶ僧院(セラ寺やデプン寺など)を卒業した後に、より高度な密教を学ぶためにギュメ密教学堂へ進学します。非常に厳しい修行と膨大な密教経典の暗唱、論理的な問答(ディベート)が行われることで知られており、チベット仏教全体の学問的・宗教的な最高権威の一つとされています。日本との関わりも深く、これまでにも高野山真言宗などの日本の僧侶がギュメ密教学堂に留学し,修行を経て正式な修了資格を取得した実績があります。また、歴代の管長が来日し、チベット密教の教えや灌頂(かんじょう)を日本で伝授する活動も行われています。

亡命先インドのギュメ学堂
>12.219933, 76.259527

ラサのギュメ学堂
1940年代のギュメ学堂
亡命先インドのギュメ学堂

・ウラン活仏府(烏蘭活佛府)

🌏️ 39.610552, 109.717700
内モンゴルにおけるチベット仏教再興の歴史において重要な役割を果たしてきた転生ラマ(活仏)の邸宅寺院です。十二世ウラン活仏(ロサン・ギャムツォ・センゲ)の修行・居住地です。本寺は、吉祥福慧寺(1736年創建)です。「ウラン菩薩寺」とも呼ばれ、チベット仏教の重要な寺院・邸宅として知られています。ゲルク派。内モンゴル自治区オルドス市エジンホロ旗(伊金霍洛旗)阿鎮 北山植物園内中。


・パバ寺(帕巴寺)

🌏️ 28.3965657, 85.3276465
637年、吐蕃時代に創建されたと伝えられており、伝統的にはソンツェン・ガンポが、ネパールのブリクティ王女をチベットに迎えるために建てたとされています。独特の建築様式は、ネパールのパゴダ建築の特徴を取り入れています。ブリクティ王女がチベットに入る際に釈迦牟尼仏像を3体携え、そのうちの1体であるヴァティ・サンポ像がこの寺院に安置されています。標高2850m。チベット自治区シガツェ市ギロン県ギロン鎮東部。


・ガトン僧院(参卓林寺・嘎東寺)

🌏️ 29.215639,89.175306
8世紀に翻訳家バジェ・シェラブ・ジュンネによって創建されました。ツァンドロ・リン僧院とも言われます。正式名称は、「ガトン・カンジュオ・ゲダン・ダジエリン」。チベット語版『大蔵経(トリピタカ)』が最初に翻訳された場所です。ガトン僧院は、かつては「シンジャチェン」(木製の鳥を持つもの)と呼ばれていました。それは守護神ペハル・ギャルポが、最初に降臨した際に乗っていた乗り物に由来します。第5代ダライ・ラマの時代に、ガトン僧院はネチュン僧院と共にゲルク派の傘下に入りました。それ以来、この二つの僧院は、チベット政府や数多くの僧院組織が神託を仰ぐ主要な二つの託宣所としての役割を担ってきました。1950年代の共産党によるチベット侵攻以前は、ガトン僧院には約70人の僧侶がいました。中国による統治下で、彼らは全員が殺害されるか、強制労働収容所に送られるか、あるいは一般市民としての生活を余儀なくされました。託宣師は家族と共にインドへ亡命しました。僧院や隣接する建物は完全に破壊されました。標高3,890m。チベット自治区シガツェ市バイラン(白朗)県ガトン鎮マィ村。写真は上がシガツェ市、下が亡命先のインド。

亡命先インドのガトン寺
> 32.225522,76.323814

→白朗嘎東寺藏香(バイランガトン寺藏香)

・ネチュン寺(乃琼寺)

🌏️ 29.671280, 91.055547
仏教の守り神ペハルは、ラサの南を流れるキチュ河からこの地に上陸した後、ある木に宿りました。12世紀に、その御神木の地にネチュン寺が建てられました。以来ペハルは、ドルジェ・タクデンという化身となって神託官に降り、自然災害や政局についてお告げを下すようになりました。清朝初期、ダライ・ラマ5世ガンデン・ポタンの治世中に建立または拡張されたと考えられています。僧院の守護神は白哈尊(ペハル)です。インドのダラムサラの亡命寺は近隣のガドン僧院とともにゲルク派に改宗しています。ネチュン寺は、ダライ・ラマが率いるチベット政府の国運を担う「神託官」の寺です。西藏自治区ラサ市堆龍德慶区哲蚌寺下方。写真は上がラサ市、下がインドダラムサラ。

亡命先インドのネチュン寺
> 32.225864,76.326266

ゲモ寺(各莫寺)

🌏️ 33.000472,101.605302
1790年、拉卜楞寺の意向により、貢却徳慶が法相寺として創建。拉卜楞寺の分寺で、慧園寺(けんえんじ)や嘉莫寺(ジョモ寺)とも呼ばれます。正式名称は、吉祥講修興隆院。ゲルク派の大型寺院です。壮大な伽藍建築、巨大な仏塔、チベット密教の修行で知られています。標高3,450m。四川省アバ・チベット族チャン族自治州アバ県各莫鎮。

→妙香普賢供雲
→各莫寺進益蔵香

・パボンカ寺(帕崩崗寺)

🌏️ 29.718678,91.117662
7世紀、ソンツェン・ガンポ王が、ジョカン寺の建設を成功させるために、文成公主の風水による計算に基づいてパラソル山の斜面にある巨大な岩の上に九階建ての城を築いたのが始まりです。パボンカは「大きな石の宮殿」を意味します。完成後、ソンツェン・ガンポ王と文成公主は、しばらくの間ここに住みました。トンミ・サンポタは、インド留学から戻った後、パボンカ寺に3年間こもり、そこでチベット文字を作り出しました。841年、仏教を弾圧したランダルマ王はパボンカ寺を焼き払い、108の仏塔を解体し、すべてを破壊しました。11世紀中頃から徐々に再建されていきました。文化大革命中に再び損傷を受けました。歴代のダライ・ラマは「ゲシェ」の学位を得た際、仏を拝み、戒律を受け、祝うためにパボンカ宮殿を訪れる慣習があります。現在はセラ寺の所属となっています。三部尊殿、十日殿、文成公主の住居、文成公主が1300年前に植えた、千年の桃の木があります。寺院の後にある山中には鳥葬台があります。


・チャンドゥ・チャンパリン寺院(昌都強巴林寺)

🌏️ 31.143332, 97.177155
1444年、シェラブ・サンポが創建。清の康熙帝の時代から、チャンドゥ・チャンパリン寺院の主要な活仏は歴代皇帝によって冊封を受けてきた。1912年、寺院は乱軍に略奪され焼失し、1919年に再建されました。寺院の主仏はチャンパ(大慈)仏、敷地面積は約20万平方メートル。大経堂を正殿とし、護法殿、2つのターラー殿、弁経院、ゲドラ・ラサン、ガダン・ポタン、ゲンリ・ツァン、および印経院、ツァン修行院、八大吉祥塔などの建築群が建てられています。標高4,000m。西藏自治区昌都市(チャムド市)卡若区(カルオ区)城关镇(昌都鎮)。


・セルシュル寺(色須寺)

🌏️ 33.140720,97.924616
1760年、タシルンポ寺出身の学僧、ラブジャンパ・テンパ・ダルギェが創設。 東チベットの大国であったデルゲ王国の有力家系(Yidlun Lhari家)の庇護と財政的支援を受けて建立されました。当初は近隣にあるチュンコル寺の分院という位置づけでした。 創設以降、僧院は急速に規模を拡大しました。厳しい教学システムを確立したことで、カム地方(東チベット)で唯一、チベット仏教の最高学問位であるゲシェ(仏学博士)の学位を単独で授与できる僧院大学へと発展しました。 現在も1,300人以上の僧侶が在籍しており、毎日活発な問答(仏教論議)が行われています。周辺には、1000年以上の歴史がある松格マニ石経城(マニ石の城)などの歴史的遺物があります。標高4,000m。四川省甘孜藏族自治州石渠県瓦須郷。

→薬師佛消災延壽香
→黄財神招財香
→白傘佛母回遮香
→度母如意成就香



⚪️カギュ派(白教 / 白帽派)

化身ラマ(転生ラマ)制度を確立した。師から弟子への個人的な修行の伝承(秘密教法)を重視する。総本山はディグンティ寺(直貢梯寺)。

・ツルプ寺(楚布寺)

🌏️29.726726, 90.576732
楚布河(ツルプ川)の上流、標高約4,300mの谷あいに位置しています。1159年、初代カルマパであるドゥースム・チェンパによって創建されました。チベット仏教の代名詞とも言える活仏(かつぶつ)の転生制度(トゥルク制度)が、歴史上初めて始まった場所です。歴代カルマパの遺骨を納めた仏塔(チョルテン)や、明の永楽帝から贈られたとされる貴重な国宝級の巻物・仏像などが保管されています。寺院に伝わる独自のレシピで作られる「ツルプ香(楚布チベット香)」は非常に有名で、チベット三大名香として高く評価されています。ラサ市堆竜徳慶区古栄鎮楚布溝。

亡命先インドの寺院
⚪ラムテク僧院(ツルプ寺)
> 27.288591,88.561544
⚪ギュトー・カルマパ僧院(ツルプ寺)
> 12.406976,75.985362

→楚布寺藏香グレード1
→楚布寺藏香

亡命先インドのラムテク僧院

・デンサティル寺(丹薩替寺)

🌏️29.30028, 91.97222
1158年にカギュ派の僧侶ドルジェ・ギャルポが創建しました。西藏山南市桑日(サンリ)県江郷里崗村にあり、敷地面積30万平方メートル、標高は約4,400メートル。タシ・ゴマン(吉祥多門)と呼ばれる精巧な金属製ストゥーパ群で知られています。


・ツェルグンタン寺(蔡公堂寺)

🌏️29.64092, 91.22033
北側のツェル・ゴンパ(蔡巴寺)と、南側のグンタン・ツクラカン(貢塘寺/公堂寺)の2つを合わせた総称。南側の中心伽藍であるグンタン・ツクラカンは、ツェルパ・カギュ派の開祖であるシャン・ツォンドゥ・タクパによって、1187年に建立されました。北側のツェル・ゴンパは、1175年にツォンドゥ・タクパが創建しました。チベット仏教カギュ派の支派であるツェルパ・カギュ派の総本山として栄え、13〜14世紀にはこの地域の政治・信仰の中心地でした。後世になってゲルク派の寺院へと改宗されました。西藏ラサ市城関区蔡公堂街道に位置しています。


・ディクンティル寺(直貢梯寺)

🌏️30.106500, 92.204100
1179年、ジクテン・スムゴンにより創建。直貢噶挙派(ディグン・カギュ派)の総本山として知られ、世界三大天葬場(鳥葬)の一つです。標高4,465メートル。ここで灌頂(かんじょう)を受けた者は、死後に地獄へ落ちず天界へ導かれると信じられており、チベット全土から多くの遺体が運ばれてきます。拙火定(せっかじょう)は、体内で熱を生み出す密教の奥義であり、これを修得した僧侶は極寒の冬でも濡れた衣類を体温だけで乾かすことができるとされています。釈迦王朝時代に釈迦寺とカギュ派は対立していたため、両者は頻繁に衝突しました。1290年、釈迦ベンチェン・アチャリヤは、フビライ・ハンにチベットへの軍隊派遣を請願し、ドリグン渓谷を攻撃してディクンティル寺の本堂を焼き払いました(リンルオ事件)。その後、ドゥリグン・カギュ派の勢力は大きく衰退しました。中国西蔵自治区拉薩市墨竹工卡県(メドロ・ゴンカル県)門巴郷に位置し、正式名称は、直貢梯密厳刹土菩提洲園。※鳥葬を見学した方の貴重なブログ

※チベット動乱により、インド・デラドゥンに亡命し、ジャンチュブリン僧院(Drikung Kagyu Institute、> 30.3647, 78.1050)を設立しました。伝統的な仏教学だけでなく、声明、法要作法、トルマ制作、砂曼荼羅制作、仏塔建立なども学び、高等仏教哲学を学ぶKagyu College(カギュ大学院)、貴重なチベット文献を収蔵するSongtsen Library(ソンツェン図書館)が併設されています。1968年には、アヤン・リンポチェが、同じドリクン系であるトゥプテン・シェドゥブ・ジャンチュブ・リン僧院(>12.394382, 75.981590)を設立し、有名な線香であるBlue Sky Incense、Red Crystal Incenseなどが作られています。こちらは、亡命チベット人社会の教育・福祉・僧侶養成を目的としたドリクン・カギュ系の大規模僧院です(通称カギュ・ゴンパ)。写真は上がラサ市のディクンティル寺、下が亡命先インドのジャンチュブリン僧院。

→直貢香王

亡命先インドの寺院
⚪ジャンチュブリン僧院
> 30.380559,78.102162
⚪ラマユル寺
> 34.283033,76.774001
⚪ピヤン寺
> 34.186410,77.489558

・シェイゴンパ

🌏️29.3529, 82.9654
11世紀にドゥプトプ・シンゲ・イェシェによって建てられました。標高4200メートルのクリスタル・マウンテンの麓に位置します。山肌に白い水晶の脈が走っていて、山そのものが信仰の対象です。シェイ(Shey)は、水晶(crystal)を意味します。別称は「水晶の僧院」。ネパール最大の国立公園であるシェ・フォクスンド国立公園、標高3,660mにあるエメラルドグリーンのフォクスンド湖とともにアッパードルポ地域のトレッキングコースとなっています。僧院には、創建当時にまで遡る古代の壁画やチベット仏教の神々の彫像、貴重なタンカ、古い経典が当時そのままに保管されており、チベット文化の生きる博物館となっています。ネパール西部ドルポ郡のアッパー・ドルポは、ピーター・マシーセンの『雪豹』、映画『Himalaya(カルマ)』、映画『キャラバン』に登場する地域です。チベット暦の辰年に、12年に一度だけ開催される大規模な巡礼祭「シェイ・メラ」の中心地です。


・ペルプン寺(八帮寺)

🌏️31.650447, 98.796157
1727年、タイ・シトゥ・チュキ・ジュンネによって建立されました。彼はチベット仏画(タンカ)の歴史的な天才絵師でした。それまでの緻密なチベットの伝統技法に、中国の水墨画に見られるような「余白の美」や「淡い色彩のグラデーション」「自然の風景描写」を融合させた「カルマ・ガディ派」という画派を大成させました。19世紀に、失われつつある各派の貴重な教えや伝承を等しく尊重し集約しようとする「リメ(利美)運動」が興り、ペルプン寺はあらゆる宗派の学僧が集う一大アカデミーとなりました。特にチベット医学(西蔵医学)と天文学・暦学(暦の計算)、そして文法学の権威であり、ここを卒業した医師や天文学者はチベット全土で高く評価されました。併設されたペルプン印経院からは、これらの学術書が数多く出版されました。四川省甘孜藏族自治州徳格县八邦郷。標高約3,900m。

亡命先インドのペルプン・シエラブリング修道院
> 32.052165,76.689681

→吉祥雲聚香(ゲレクティンプー)
徳格県のペルプン寺
亡命先インドのペルプン・シエラブリング修道院

・ナモブッダ僧院(トラング・タシ・ヤンツェ僧院)

🌏️27.571100, 85.582500
標高約1,750メートルの丘陵地にあります。聖地一帯には、風に乗って経文が広がるようにと願う五色の祈祷旗「タルチョ(ルンタ)」が無数に張り巡らされており、風にたなびく独特の光景が広がっています。飢えに苦しみ、生まれたばかりの子虎を食べようとしていた母虎を哀れんだ王子(釈迦牟尼仏)が、自らの肉体を与えて救ったという「捨身飼虎」の伝説の地です。現在は、若い僧侶たちが仏教哲学やチベット語、儀礼などを学ぶ大規模な教育機関(仏学院)としての機能を持っています。ネパール, バグマティ州カブレ・パランチョーク郡ナモブッダ市ダプチャ・カシカンド。

→LUNG POE  

・サムディン寺(桑頂寺)

🌏️28.9744100, 90.4732100
1440年頃に創建。1966年の文化大革命時に一度破壊されましたが、1985年に元の場所に再建されました。チベット三大聖湖の一つであるヤムドク湖(羊卓雍措)の南西岸にある険しい山頂に建ち、チベットで最高位の唯一の女性活仏(化身ラマ)であるドルジェ・パクモ(金剛亥母)が代々寺主を務めることで世界的に知られています。桑頂寺精品藏香は、純天然のハーブや雪域の木材原料を使用しており、清涼で微かな甘みのある煙が特徴です。空間の浄化や菌の除去、心を落ち着かせる効果があるとされています。チベット自治区山南市浪卡子県浪卡子鎮羊卓雍措(ヤムドク湖)。標高4,423 メートル。

→桑頂寺精品藏香

チャガ寺(查嘎寺)

🌏️28.612736, 85.260118
カギュ派の尼僧院です。ミラレパの修行洞窟を擁する聖地として知られています。ミラレバの生誕地は、チベット自治区日喀则市(シガツェ市)吉隆県(ギドン県)宗嘎鎮(ゾンガ鎮)。干上がったロンダ湖の断崖の上、チャガ山の山腹に位置します。敷地面積は約8,400平方メートル。主要な建物は、西から東へ順に、クジ・ラズンパ・リンチェン・ランジェ寺院、ラブラン寺院、ジェブロンブ・チェ寺院、ドゥカン・チェム寺院、ガンジュール寺院、ウマ・ジュオ寺院などです。ジェブ・ロンブチェはミラレバの瞑想洞窟。1160年頃に創建。標高4,200m。

『ミラ・ナムタル』
ミラレパ(1052年 - 1135年)の生涯を描いた伝記。父親の死後に財産を奪われた復讐として黒魔術で叔父の一族を滅ぼすが、のちにその罪を深く悔い、師マルパのもとで数々の過酷な苦行を乗り越えて悟りに至るまでの壮絶なドラマが描かれています。

『ミラレパの十万歌』
若い頃に黒魔術で一族に復讐を果たしたミラレパが、深い悔恨から苦難の修行を経て悟りを開くまでの、生々しくも力強いメッセージが込められています。


・ティドゥルム尼僧院(徳仲寺)

🌏️ 30.153985,92.166570
8世紀、ティソン・デツェン王の王妃であったイェシェ・ツォギャルは、インドから招かれた密教の開祖グル・リンポチェ(パドマサンバヴァ)に捧げられました。当時ボン教を信仰とする貴族たちの反感がありました。反対する貴族たちの目を逃れるため、2人はティドゥルムの深い渓谷に隠れ住み、何年もの間、洞窟で瞑想修行を行いました。グル・リンポチェはこの地にある複数の洞窟に、未来の修業者に向けた聖なる経典や宗教的遺物(埋蔵経・テルマ)を隠しました。これが「ティドゥルム(宝の箱)」という地名の由来にもなっています。11世紀に入ると、それまで点在していた瞑想所や庵がまとめられ、尼僧院としての原型が大きく拡張・再建されました。カンドロ・ラは、かつてこの地で修行したイェシェ・ツォギャルの生まれ変わり(転生ラマ)として代々崇められ、現在も最高指導者として尼僧院を率いています。現在100名以上の尼僧が暮らしています。近郊にあるディクン・カギュ派の本山であるディクン・ティル寺(直貢梯寺)と関係が深いため、グル・リンポチェゆかりの地である当寺は、ニンマ派・カギュ派の両方を含めて紹介されています。1400年の歴史を誇るティドゥルム温泉(徳仲温泉)があります。標高約4,590m。チベット自治区ラサ市墨竹工卡(メルド・クンガル)県門巴(メンバ)郷のデドロム村。


・デチェン・チョコル寺 (徳慶曲果寺) 

🌏️ 30.002463,100.275705
1509年、第2世ダライ・ラマであるゲドゥン・ギャツォは、瞑想用の洞窟をこの地に設け、庵を建立しました。1718年、ジュンガル・モンゴル軍は、修道院を攻撃し破壊しました。僧院複合施設の中心には、経典と仏教の卍が刻まれた小さな柱があります。その西にあるルカンは、蛇守護神を祀る寺院で、第2世ダライ・ラマの隠棲地跡に建てられました。この寺院は、赤い鷲(キュンカ、ガルーダ)によって建てられたと言われています。北にある本堂、ツクラカンの壁には、損傷した壁画が今も残っています。壁の南には、シンジェ・メロン、すなわち「死神の鏡」と呼ばれる磨かれた灰色の花崗岩があります。水晶玉のように占星術の占いに用いられると言われ、雨乞いの儀式にも使われます。この僧院は三つの山に囲まれています。北にあるジダグ山は、古代ボン教の守護神シドラクの「白い」住居であり、その麓にはダライ・ラマの住居があります。さらに高い場所には、奉仕に身を捧げる守護神ダムチェン・チョジェの足跡が残る寺院跡があります。その上には、かつて第二世ダライ・ラマの瞑想洞窟がありましたが、現在は破壊されています。しかし、石に刻まれた彼の足跡はマニ石の壁に残っています。南にあるシュリデヴィ山は、守護女神パルデン・ラモの「青い」住居であり、鳥葬の地である『ドゥンドロ』があります。東にあるベグツェ山は、守護神ベグツェ(チャムシン)の「赤い」住居であり、ゲルク派によってモンゴルから招かれた神です。この山の東斜面には、ニンサカと呼ばれる古代の宗派を超えた赤帽派の僧院があります。標高4,500m。西藏自治区山南市貢嘎県。

⚪亡命先インドの寺院
デチェン・チョコル・マハーヴィハーラ
> 31.868231,77.148508
チベットのデチェン・チョコル寺
亡命先インドのデチェン・チョコル・マハーヴィハーラ


🌸サキャ派(花教 / 花帽派)

13世紀にモンゴル帝国と提携し、チベット全土を統治した歴史を持つ。僧侶は妻帯が可能(世襲制)。赤紫は文殊菩薩、黒は金剛護法神、白は観音菩薩の象徴で、この三色が花を作り出し花教という。ゴール(果)を求めて修行(道)するプロセスそのものに、悟りの境地(仏の境地)がすでに内在し実現している。道果(ラムデー)。総本山はサキャ南寺。


・サキャ寺(薩迦寺)

🌏️28.903095, 88.017466
1073年にクンチョク・ギェルポによって建てられました。寺院名のサキャは、寺院が建つボンボリ山の風化した灰白色の土を意味します。1268年には、フビライ・ハンの師であるパクパ(八思巴)によって、川の南岸に強固な城壁を持つ要塞のような形で南寺が建てられました。長さ60メートル、高さ10メートルに及ぶ棚に数万巻のチベット語の経典や、貴重な「貝葉経」が保存されています。サキャ寺はその圧倒的な歴史と文化財の多さから、「第二の敦煌」とも称されています。 2003年には、巨大な壁の背後に隠されていたおよそ8万4000巻の写本が発見されました。2011年以降、中国政府などの支援を受けながら写本の保護とデジタル化を推進し、現在無料で閲覧できます。標高4316メートル。西蔵自治区日喀則市薩迦県薩迦鎮徳慶路奔波山下。※フビライ・ハーン「儒教で国を治め、仏教で心を治める」

亡命先インドの寺院
🌸サキャ・センター僧院
> 30.379232,78.087320
🌸サキャ・ディル僧院
> 32.037335,76.715005
🌸サキャ・ダム・チョエ・リン僧院
> 14.989647,75.010420
🌸デプン・サキャ寺院
> 15.028423,75.006469

→ドロゴンチョギャルパクパ香
→薩迦寺薩寶千牟
→ターラ香
チベットのサキャ寺
亡命先インドのサキャ寺

・ゴンチェン寺(更慶寺)

🌏️31.8057040, 98.5834189
1448年、初代デルゲ王であるボタル・タシ・センゲとタントン・ギャルポによって建立されました。1729年には、第12代デルゲ王テンパ・ツェリンによって徳格印経院が建設されました。ラサのショル印経院、シガツェのナルタン印経院と並ぶチベット仏教三大経典印刷所の一つで、木刻印板が27万枚余り収蔵されています。現在も伝統的な木版印刷が続けられています。標高3240m。四川省甘孜藏族自治州デゲ県更慶町巴宮街13号。

→文殊菩薩香
→德格印経院供香

・ジェクンド寺(結古寺・解谷寺・街谷寺)

🌏️33.011025, 97.017814
ジェクンド寺はボン教の寺院でしたが、後にカギュ派に改宗しました。モンゴルの元王朝時代、フビライ・ハンの宮廷僧であるパクパがジェクンド地方を訪れ、地元の寺院を徐々にカギュ派に改宗しました。さらに、明王朝の時代、1398年にチベットのサキャ・ラマであるダンチェンワ・ギャルツェンが建立しサキャ派の寺院となりました。ボン教、カギュ派、サキャ派と変遷してきました。チベット語の正式名称は、街区一城州を意味する「街谷敦柱蓮」で、青海省玉樹市街谷鎮の街谷山に位置する「街谷寺」です。玉樹地区にある大規模なチベット仏教釈迦派僧院です。本堂は、「ドゥ​​ウェン・サンチュプ・ギャツォ」経典堂。寺院には、釈迦牟尼仏、パドマサンバヴァ、パルデン・ラモ、ラトナサンバヴァ、ターラー菩薩(白檀製のターラー菩薩像)、そしてチベットの釈迦族の五祖など、3,400体を超える青銅製および高品質の木製仏像が安置され、カンギュルやテンギュルといった様々な仏教経典が約1万冊所蔵されています。標高約3,700m。玉樹市结古寺旅游景区。

→玉樹伝統蔵香

ナレンドラ寺(那蘭扎寺)

🌏️29.864798, 91.172728
1435年、ロントン・シャキャ・ギャルツェンが建立。チベット自治区ラサ市林周県卡孜郷澎波谷(ペニュル渓谷)付近に位置します。標高は3,680メートル。古代インドの著名な仏教大学であるナーランダ寺(那爛陀寺)にちなんで名付けられました。顕宗講学院として知られ、後に密教も重視されるようになり、サキャ派の道果(ラムドレ)の教えを伝える重要な場となりました。
 

・ゴンガチョデ寺(貢嘎曲徳寺)

🌏️29.2678194, 90.8128306
1464年にドルジェ・チャン・クンガ・ナムギャルにより建立。雅魯蔵布江(ヤルンツァンポ川)の南岸、ラサ・ゴンガル国際空港の近くに位置しています。標高は3,598メートル。寺院には、500年以上前の明・清時代に描かれた壁画(ケンリ派、欽派)の多くが当時の色彩を保ったまま現存しています。釈迦牟尼の生涯(本生譚)やサキヤ五祖、そして忿怒尊(守護神)などが色鮮やかに描かれています。黒地に金泥で描かれたマハーカーラ(大黒天)の壁画や、チベットの伝統である鳥葬(天葬)の様子を描いた珍しい壁画など、独自の芸術性が際立っています。西藏自治区山南市ゴンガ県。

→貢嘎曲徳線香
→ 古嘎芬芳四溢圣香(コラ・ニェンガ)


・タゴン寺(塔公寺)

🌏️30.3213646, 101.5207861
塔公草原は、四川省甘孜チベット族自治州康定市塔公鎮(タゴン鎮)に位置する、標高約3730メートルの大草原です。「塔公」はチベット語で「菩薩が好きな場所」を意味します。古くから木雅(ミンヤ)藏族が暮らす地域です。雅拉雪山(標高5820m)は、いまだ人類未登頂です。寺院内に金色に輝く「木雅金塔」、周辺に100基以上もの仏塔(チョルテン)が林立する「塔林」があります。文成公主ゆかりの釈迦牟尼仏像を本尊として祀ります。


・ゾンサル寺(宗薩寺)

🌏️31.64347, 98.96309
746年にボン教の寺院として創建。1275年にサキャ派の寺院として再編されました。19世紀の「リメ運動」の指導者であるジャムヤン・キェンツェ・ワンポらによって、仏教の全学派を学べる学問の拠点として大きく発展しました。インドに亡命寺院である、ゾンサル・ケンツェ・チョキ・ロドゥ・インスティテュート (DKCLI)を設立。1958年に一度完全に破壊されましたが、1983年以降、徐々に再建が進められています。現在も僧院・仏学院(シェドラ)が運営され、併設された徳格宗薩蔵医院で作られる「宗薩藏香」の製造地として有名です。チベット高原の貴重な天然ハーブを使用しており、心身の癒しや健康維持に効果があるとされ、世界中の愛好家に親しまれています。四川省甘孜蔵族自治州徳格県馬尼干戈地区宗薩谷。標高3,250m。

亡命先インドのゾンサル寺(DKCLI)
> 32.007293,76.738062

→宗薩藏香
徳格県の宗薩寺
亡命先インドの宗薩寺
宗薩藏香

・タンゴ僧院

🌏️27.5930528, 89.6387750
13世紀、パジョ・ドゥルゴム・シグポが建立。彼は馬のいななきを聞き、馬の頭部に似た崖を目にし、そこが僧院を建立するのに最適な場所だと確信しました。僧院名のタンゴは、ゾンカ語で「馬の頭」を意味します。ブータン王国19世紀には、シャブドゥン・ジグメ・チョギャルが金色の屋根を増築しました。17世紀には、ブータン統一の立役者であるシャブドゥン・ンガワン・ナムギャルが、この僧院の洞窟で瞑想を行いました。タンゴ僧院は単なる寺院ではなく、厳格な修行機関でもあります。最高位の僧侶(ジェ・ケンポ)たちもここで修行を修了する必要があり、修行期間は最低9年間で、その後3年3ヶ月3日間の孤独な瞑想修行が続きます。2016年には、タンゴの丘の嶺に仏教大学が建設されました。ブータン王国ティンプー県ドタナン。 標高2,320メートル。


・シャル寺(夏魯寺)

🌏️29.127390,88.992584
1087年、シャル・ソナンジモが創建。14世紀の座主ブトン・リンチェン・ドゥルプの下で仏教経典の翻訳・編纂の中心地として繁栄し、チベット仏教の歴史において非常に重要な役割を果たしました。1147年、シャル寺はサキャ寺とともに元朝皇帝からの封号と勅賜を受け、その地位が向上し、元朝中央政府から巨額の投資も受けました。チベット自治区シガツェ市桑珠孜区シャル郷(夏魯郷)。標高3,950m。

※インドのサンスクリット語(梵語)の仏典が、チベット語に翻訳されたのがチベット大蔵経です。9世紀前半に顕教、11世紀からは後期密教、14世紀から経・律の翻訳「カンギュル」がナルタン寺で、論疏「テンギュル」がシャル寺で増補・編纂され、「シャル本」として標準化しました。

→夏魯寺藏香

サンスム寺(桑周寺)・蔵娘仏塔

🌏️ 33.320319, 96.820221
1430年に蔵娘(ザンニャン)地区にあった3つのボン教寺院(仁真奥賽、巴欽班覚、巴格達宗)が統合され、蔵娘仏塔の麓に桑周(サンスム)寺が建立され、後にサキャ派の寺院となりました。古代建築遺産として極めて高い価値を有しており、貴重な宗教的・歴史的遺物を数多く所蔵しています。寺院内の蔵娘仏塔(高さ40m)は、1030年に孟徳嘉納(モンデ・ジアナ)が建設したものです。仏塔は、ネパールのバエタ仏塔、チベットのパルチョ(白居)仏塔と並び、世界三大チベット仏教仏塔の一つです。同寺院は関連する村落の住民によって支えられており、集落では、陶芸、彫刻、絵画、金銀細工といった工芸技術の伝承がなされています。青海省玉樹チベット族自治州称多県(チェンドゥオ県)仲達郷(ジョンダー郷)通天河(トンティエン川)。


・タルラム僧院(唐隆寺)

🌏️ 33.2003, 97.0331
1436年、ガ・ラブジャンパ・クンガ・イェシェが創建。1959年、中国共産党によって破壊され、1981年にネパールのカトマンズでデシュン・リンポチェによって再建されました。 正式名称は、唐隆那嘉楞。サキヤ派の蔵娘桑周寺の小寺です。チベット仏教サキヤ派の最高指導者であった八思巴(パスパ)から授かったと伝わる純金の怙主像(守護神像)や馬鞍、釈迦牟尼の舎利塔などが保存されています。チベット仏教で一般的な活仏(生まれ変わり)による世襲(転世)制度」ではなく、歴代の住持は徳の高い僧侶の中から推選で選ばれるという独特の伝統を持っています。青海省玉樹蔵族自治州玉樹市仲達郷唐隆村。

亡命先ネパールの寺院
🌸タルラム僧院
> 27.722848, 85.364454

玉樹市のタルラム僧院
ネパールカトマンズのタルラム僧院

・ンゴル寺(俄尔寺・Ngor Ewam Choden)

🌏️ 29.1191914, 88.8254028
1429年、ンゴルチェン・クンガ・ザンポが創建。正式名称は、ンゴル・エワン・チューデン寺。サキャ派の分派であるノール派(Ngor sub-school)の中心地です。サキャ派の道果説(ラムドレ)や、詳細な密教儀礼・曼荼羅の研究で世界的に知られています。寺院の運営と指導者の選出は、ルーディン、カンサル、タルツェ、ペンデという4つの王家・僧院家系が交代で座主を務める独特の伝統システムを持っています。ラカンの下には60基のストゥーパ(仏塔)が並んでいます。かつて内部に納められていた壮麗な曼荼羅画は失われています。ただし、それらの絵画は現在日本で保存されており、記録出版もなされています。1960年代の文化大革命でチベットの本山は大きな被害を受け、インド北部のマンドゥワラ(ウッタラーカンド州)に再建され、現在の活動拠点となっています。標高4200m。西藏自治区日喀則市桑珠孜区チュプション郷(曲布雄郷)。

→俄尔寺浄化圣香

亡命先インドのンゴル寺(Ngor Pal Ewam Choden)
> 27.341487,88.644243
日喀則市のンゴル寺
亡命先インドのンゴル寺

・トゥプテン寺院(土登寺)

🌏️ 32.228873,96.866499
チベット仏教サキャ派に属し、約700年の歴史を持つと言われています。トゥーデン寺院の僧侶たちの日常生活、地元の風習、そして仏教に対する彼らの洞察などの質朴な修行生活をありのままに、そして簡潔に記録したエッセイ集である『我的家在土登寺』が知られています。精神修養において公平かつ競争的なアプローチを採用し、僧侶間の調和のとれた関係を育んでいます。新僧は僧院に入る際に経典を暗記し、一連の規則に合格しなければなりません。僧院生活には、定期的な洗濯の集まり、僧侶が自力で建てた宿舎、その他の日常的な作業が含まれます。経済状況の違いによる競争的な雰囲気はありません。標高4,000m前後。青海省玉树藏族自治州称多県羅布郷兰达村(らんだそん)。

→二十五味甘露薬香



🔴ニンマ派(紅教 / 紅帽派)

8世紀にチベットに伝わった最も古い伝統を持つ。チベット土着のボン教の要素も取り入れている。大究竟(ゾクチェン)、大円満禅定、ロングチェンニンティク(龍欽心髄)。すべてのものが、本来あるがままの状態で完璧(円満)である。総本山はミンドゥリン寺。

・カトク僧院(噶陀寺)

🌏️31.3126, 98.9414
1159年、カトク・ダムパ・デシェクが建立。四川省ガルツェ・チベット族自治州白玉県河坡(ホポ)鎮に位置します。標高約4,000m、山頂には金色に輝く「パドマサンバヴァ曼荼羅宮殿(カタング宮殿)」があります。創建以来、累計10万人以上の修行僧が、死の際に肉体を光のエネルギーへと昇華させる「虹の体(ジャル・ル)」を成就したとされる伝説があります。カマ (Kama)と呼ばれる、口頭伝承が特徴です。

→朵灵藏香(ドゥオリンチベット香)※灰も赤色のまま
→噶陀札東藏香王
→噶陀藏香

・シェチェン寺(雪謙寺)

🌏️ 32.266413,98.885953
1735年、シェチェン・ラプジャム・テンペー・ギャルツェンが建立。文化大革命で徹底的に破壊されました。1985年、亡命したディルゴ・ケンツェ・リンポチェにより、ネパール・カトマンズのボダナートにシェチェン・テニ・ダギェーリン寺を再建し、現在そちらがメインの活動拠点となっています。瞑想・哲学・芸術の伝統を重視し、哲学学院、舞踊・音楽・儀式の学校、タンカ絵画学校、初等学校などを併設。多数の仏像(100体以上)、大規模なチベット語経典図書館を有します。標高3,950m。四川省甘孜県徳格県浪多郷。

亡命先ネパールカトマンズのボダナート
シェチェン・テンニ・ダルギリン寺院
> 27.724255,85.360784

亡命先インドのブッタガヤ
シェチェン・テンニ・ダルギリン寺院
> 24.697261,84.987514

→雪謙寺藍盒香
→シェチェン香
徳格県のシェチェン寺
亡命先インドのシェチェン寺
亡命先ネパールカトマンズのシェチェン寺

・ツェリンジョン寺(次仁炯尼寺、東嘎尼僧院)

🌏️28.993095, 91.689192
1762年、ジグメ・リンパが建立。ツェリンジョンは、「長寿の谷」「吉祥長寿の地」を意味します。尼僧(アニ・ラマ)たちは、数ヶ月から数年に及ぶ閉関(リトリート)を行い、独自の伝統に基づいた法要や観想法に身を捧げています。地域社会からの小規模な布施や、尼僧たちの質素な共同生活によって、自給自足に近い厳格な生活が維持されています。チベット自治区山南市ネドン区(乃東区)結巴郷。標高3,750m。

→燃炯蔵香(Tsering Jong Rangjung Traditional Tibetan Incense)

・ドルジェタク寺(多吉扎寺)

🌏️29.327757, 91.107532
1632年、第3世リグジン・チェンポが建立。1717年にジュンガル部(オイラトの遊牧帝国)の攻撃を受けて(チベット侵攻)壊滅したが、その後復活した。 その後、文化大革命により破壊され、1985年にようやく再建が開始された。ニンマ派北流の総本山であり、チャンテル(北蔵)伝承の中心地です。正式名称は、トゥプテン・ドルジェタク・リンポチェ・リン。ドルジェは「金剛(ダイヤモンド)」をタクは「岩山」を意味します。密教の実践と北蔵経典の保存において、欠かせない役割を担い続けています。西蔵自治区山南(ロカ)市貢嘎(コンカル)県昌果郷。標高3,600m。

亡命先インドのドルジェ・ドラク僧院
> 31.072056,77.180347

→多杰扎藏香

・ミンドゥルリン寺(敏珠林寺)

🌏️29.183726, 91.405789
1676年、伏蔵大師であるテルダク・リンパによって大規模に再建されました(初建は10世紀末)。ニンマ派南流の総本山。多頭多臂の護法神像が壁画などに多く描かれています。伏蔵(テルマ)の伝統や医学・暦法・書道などの教育でも知られています。チベット全土で使われる公式な『チベット暦年表』の編纂発行を長年担ってきました。医学・薬学・書法・修辞学など、チベット伝統文化の頭脳が集まる場所でした。寺院で作られる蔵香(チベット香)は非常に有名で、チベット全土でも最高級品の一つとして珍重されています。文化大革命の時期に大きな破壊を受けましたが、現在は修復が進み再建されています。また、1960年代のチベット動乱に伴い、多くの僧侶がインドへ亡命しました。現在はインド北部デラドゥンに「亡命ミンドゥルリン寺」が再建されており、そこにはアジア最大級の巨大な仏塔や、高さ約40メートルの巨大なブッダ像が建立され、現在もニンマ派の国際的な一大教育拠点として活発に活動しています。チベット自治区山南市扎囊県扎期郷。標高3,760m。※写真はインドの亡命ミンドゥルリン寺

亡命先インドのミンドゥルリン寺
> 30.261528,77.997567

→敏珠林藏香 ※無形文化遺産
→大円満禅定香
→仙人安神香
→EMAHO HEAALING INCENSE

・ゾクチェン寺(竹慶寺、佐软大園满寺)

🌏️32.122448, 98.859486
1684年、第1世ゾクチェン・リンポチェにより創建。ゾクチェン(大円満)の教えの中心地です。寺院の敷地内にシュリ・シンハ総合大学があり、五明(言語学、論理学、医学、芸術、仏教学)の徹底的なカリキュラムが組まれ、チベット仏教史における伝説的な巨匠たちを数多く輩出、あるいは滞在させてきました。最盛期には、チベット、ネパール、ブータンなどに280以上もの末寺を抱える、ニンマ派最大の寺院ネットワークへと成長しました。文革により破壊された後に、南インドのコレガルに「インドのゾクチェン寺」が再建されました。周辺にはチベットで最も美しい湖の一つとされるイリフン・ラツォ(新路海)があり、湖畔には無数のマニ石が敷き詰められています。四川省甘孜蔵族自治州德格県(デルゲ県)竹慶郷。標高4,000m。

亡命先インドのゾクチェン僧院
> 11.871561,77.242257

→Brilliant Gem Incense

・サムイェ寺(桑耶寺)

🌏️29.326501, 91.502560
8世紀(775〜779年頃)に建立された、チベットで最初の本格的な僧院。チベット王ティソン・デツェン、印度僧シャーンタラクシータ、インドの密教僧パドマサンバヴァ(蓮華生大師)の協力により建てられました。チベットで初めて「仏(仏像)・法(経典)・僧(出家した僧侶)」の三宝が揃った寺院で、チベット仏教の基盤となった場所です。寺院全体の配置が仏教の宇宙観を象徴する巨大な曼荼羅として設計されています。中央の本堂が須弥山を表し、周囲に4大洲・8小洲の堂や仏塔が配置されています。中央の本堂は1階がチベット様式、2階が漢様式、3階がインド様式と、3つの文化様式が融合しています。チベット自治区山南市ザナン県サムイェー鎮。標高3,700m。

亡命先ネパールのサムイェー記念修道院
> 27.625113,85.266538

→普賢雲供藏香

・アチェンガル・ゴンパ(亜青寺、亜青鄔金禅林寺)

🌏️30.9437892, 99.6112384
1985年にアチュン・リンポチェが設立。標高3,260mの草原湿地に位置し、昌曲河が流れる川に囲まれた中州(チョモ島)には1万人以上の尼僧が暮らす無数の赤い僧坊(火柴房)が密集しています。「水上仏国」と称される島内は男子禁制で、男女の居住地は厳格に分かれています。世界最大級の尼僧修行地です。寺院の中心には巨大な「円満光明殿」があり、内部には160本の柱が立ち並びます。敷地の近くには天葬台(鳥葬場)があり、禿鷲が上空を周ります。甘孜州白玉県昌台区阿察郷。

→亜青寺居士林藏香
→亜青藏香

・ドンガ寺(東嘎寺)

🌏️32.2667, 100.3497
1686年、第一世ドンガ活仏(チュシ・ウージン)によって創建されました。東嘎山の上に位置し、金馬草原に囲まれています。ドンガは白い法螺貝を意味します。堂内には釈迦牟尼坐像が安置され、壁画が鮮やかで、赤い柱に龍や花の彫刻が施されています。蓮華光明宮や薬師仏塔などの建築群もあります。400人以上の僧侶が常駐し、五明(五大科学)や顕密教法の講義が行われ、多くの高僧を育成してきました。寺院の周囲には108の広大なマニ車が配置されており、巡礼者や参拝客が時計回りに回って徳を積む姿が見られます。四川省甘孜蔵族自治州色達県金馬草原。標高4,000m。
 
→東嘎寺香

・ラマリン寺(布久喇嘛岭寺、桑多白日寺)

🌏️29.459914, 94.391877
1930年、ドゥジョム・リンポチェが建立。蓮花生大師(パドマサンバヴァ)の浄土「銅色山」に由来し、別名は、サンドバイリ寺(銅色の蓮の山の寺)です。中心建物は、仏塔の形をし、高さ20m以上、内径10m以上、金色の屋根を持ち、内部は正方形、外側は1階が二十角、2〜3階が八角です。パドマサンバヴァ(グル・リンポチェ)を中心に、観音菩薩、文殊菩薩、金剛手菩薩、阿弥陀仏などの像が安置されています。僧侶と尼僧が同じ寺で修行する双修寺です。子宝祈願の寺として知られ、寺の前の小道両側に男性・女性の性器を模した木像が置かれています。西藏自治区林芝市巴宜区布久郷。標高3,000m。
 

ラルンガル僧院(喇栄五明佛学院)

🌏️32.1505, 100.4674
1980年、ジグメ・プンツォク・リンポチェによって創設。喇荣五明佛学院は、色達県にある世界最大の仏教学院。標高4千メートルの高地に、4万以上の修行小屋が立ち並びます。「五明」とは、古代インド・チベットの伝統的な5つの学問領域(声明・因明・医方明・工巧明・内明)を指し、仏教哲学だけでなく、チベット医学や天文学なども深く学びます。内明(仏教哲学・精神科学)、因明(論理学・認識論)、声明(言語学・文法学・音声学)、医方明(医学・薬学・ヒーリング)、工巧明(芸術・工芸・技術科学)。中国政府は「分離主義勢力を亡命させる」ための情報を流布するハブセンターと見なしており、中国の警官と私服警官が家を破壊しています。欧州議会は中国に対し、ラルンガルの取り壊しを非難しました。四川省甘孜藏族自治州色達県洛若鎮(喇栄五明佛学院)。標高4,000m。※NHK BSプレミアム:天空の“宗教都市” ~チベット仏教・紅の信仰の世界~(2017年03月11日放送)

→喇栄瑪羅雅蔵香
→法會藏香


・ガンゼマニ尼僧院(崗則嘛呢寺)

🌏️29.175502, 91.103685
チベット香の最高峰のひとつが作られる場所として、世界中のお香愛好家や修行者の間で非常に名高い尼僧院です。ニンマ派の開祖であるパドマサンババ(グル・リンポチェ)の教えに基づいた、極めて厳格かつ伝統的な調合が守り続けられています。機械を一切使わず、すべての工程が尼僧たちの手作業と祈り(マントラの詠唱)とともに行われます。7日間の念誦をし、原材料に祈りとエネルギーを込め、3日間の研磨粉砕では手作業で極めて細かい粉末にし、2日間の成形で一本一本、丁寧に細長い形に整え、3〜4日間乾燥させます。線香名の「欲供神女」は、漢文の書き下し文で「神女(しんじょ)に供(く)せんと欲(ほっ)す」と読みます。主尊は釈迦牟尼仏とパドマサンバヴァ仏、守護尊はエカジャティ(青ターラ)です。本堂には水力で動くマニ車があります。西蔵自治区山南市貢嘎県朗傑学郷嘛呢拉康寺。標高4,500m。

→欲供神女藏香
→嘛呢安神香

・リンロン寺(玲瓏寺)

🌏️31.121513, 100.822920
12世紀に創建され、約800年以上の歴史がある古代寺院です。文殊菩薩、観音菩薩、金剛手菩薩の3つの聖なる山に囲まれた玲瓏山の麓にあります。これら三つの聖なる山には数多くの宗教的な遺物が点在しています。文殊菩薩山の岩壁には五字真言が、観音山には六字真言が刻まれ、古くから修行者が修行してきた洞窟があります。金剛手菩薩山には金剛手菩薩像が安置されています。山の湧き水は特定の日に乳白色に変わります。玲瓏寺天勝薫香は、僧侶によって薬師如来の真言と縁起真言が奉納され、あらゆる神聖な儀式に用いられます。四川省甘孜蔵族自治州盧霍(ルーホー)県仁達(レンタ)郷。標高約3,200m。

→天勝薫香如来
→五智和合香
→护法欢喜供香

・ザイェバ寺(扎叶巴寺)

🌏️29.745515, 91.278591
標高4,889メートルのイェバ山の麓にあります。7世紀中頃に古代チベット(吐蕃王朝)を統一した王であるソンツェン・ガンポ(松賛干布)が、自身の愛妃(王妃)の一人であるマンサ・トリジン王女(芒薩赤尊公主)のために、修行用の神殿を建立したのが始まりです。8世紀には、グル・リンポチェ(パドマサンバヴァ)が、108の瞑想洞窟を開設しました。寺院には多くの聖地があります。法王洞、月亮洞、祖師洞、拉隆洞、縁起洞、金剛手洞、弥勒殿など、1,500年前の洞窟と寺院が融合した建築様式を今に伝えています。また周囲の山並みが緑度母(ターラー菩薩)の顕現に見えるという伝説もある。チベット自治区ラサ市ダジ郡バンドゥイ郷イェバ村。

→扎叶巴寺藏香

・タクツァン僧院(タイガーネスト)

🌏️27.4934616, 89.3646983
ブータン・パロ県パロの渓谷高所にあり、標高約3120メートルの垂直に切り立った岩壁に建てられている。チベット仏教信仰の聖地であり、トラの巣という別名も存在する。ブータンに仏教を広めたグル・リンポチェが、8世紀に虎の背に乗ってこの地に飛来し、洞窟で瞑想したと伝えられています。1694年に建立されました。


・ツォギャル・ラツォ寺院(礼達措嘉拉措寺)

🌏️29.3489000, 91.2779000
8世紀にイェシェ・ツォギャル(益西措嘉)が生まれた際に屋敷の傍らに忽然と湖が湧き出たとされる「ツォギャル・ラツォの魂の湖」を取り囲むように建てられました。寺院の名称もこの湖に由来します。イェシェ・ツォギャルは、チベットに密教をもたらした祖師パドマサンバヴァ(グル・リンポチェ)の最も重要な明妃(修行の伴侶)であり、すべての密法を受け継いだ最高位の女性成就者です。彼女はパドマサンバヴァの教えを完璧に記憶し、後世のためにチベット各地に伏蔵として埋蔵しました。そのため、強力な加持力が宿る至高の聖地とされています。金色の屋根の寺には、彼女の立像のほか、岩に残した手形や足形が祀られています。特に珍しいのは、龍王(ナーガ)が贈ったとされる白檀の木片で、形が女性の胸に似ていることから「授乳の奇跡」の象徴とされています。また、池の水面には予言や未来が映ると信じられています。寺院の周辺では、聖なる「魂の湖」の水や、智慧の守護神「ラフラ(惹呼拉)」の加持が込められた伝統的な蔵香が作られており、強力な浄化能力を持つとして巡礼者やチベット仏教徒の間で大切にされています。チベット自治区山南市扎囊県阿扎郷。標高3800m。
魂の湖 > 29.516667,92.738056(扎央宗圏)

→措嘉拉措寺 惹呼拉藏香
措嘉拉措寺 惹呼拉藏香 2026-7-10

・クルジェ・ラカン(Kurjey Lhakhang)

🌏️27.586532, 90.730225
1652年にグル・ラカンを建立。後にサンパ・ルンドゥプ・ラカンとサンパ・ルンドゥプ・ラカンが加わり、三つの主要伽藍から成ります。境内は108基のチョルテン(仏塔)に囲まれ、聖なる洞窟とグル・リンポチェの身体痕跡があります。伝承によれば、ブムタン王シンドゥ・ラジャが土地神シェルギン・カルポの祟りで重病になった際、グル・リンポチェがネパールから招かれ、この地の洞窟で3か月間修行し、霊を調伏して王を救済したとされます。その際に岩壁へ身体の痕跡が残り、これが現在の信仰の中心となっています。 グル・リンポチェが調伏の儀式に使用した「クルジェ・ドゥプチュ」と呼ばれる霊泉の聖水があり、現在も巡礼者が飲用や加持のために訪れます。 この非常に特別で希少な聖水を使用した線香が、Kurjey Sacred Water Incense(クルジェ聖水香)です。ブータン王国ブムタン県ジャカル町近郊。標高2,450m。

→Kurjey Sacred Water Incense(クルジェ聖水香)

・ジャンベ・ラカン(Jambay Lhakhang)


🌏️27.57528, 90.73361
659年、チベット王・ソンツェン・ガンポが、仏教伝播を妨げる魔女を封じ込めるため、彼女の左膝の上に一日で建立した108の寺院の一つとされます。超常的な建立の伝説があります。「ジャンベ」はチベット語で弥勒菩薩(未来仏)を意味し、弥勒を本尊として祀る。また、百体の時輪金剛(カラチャクラ)の神々の像があります。秋のジャンベ・ラカン・ドルプ祭りが有名で、メワン(火の儀式)では、参加者が燃え盛る松明の下をくぐり、厄払いや不浄の除去をします。女性の子宝にご利益があるとされています。テルチャム(裸の舞)では、真夜中に16人の男性が全裸で踊ります。ブータン王国ブムタン県チョコル郡チャングワン村。標高2,630m。


・シュクセ尼寺 (雄色尼寺) 

🌏️ 29.449180, 91.026640
1181年、カギュ派の僧侶ケゴン・チョキ・センセンによって創建され、当初はシャングパ・カギュ派の中心地でした。1308年、ニンマ派の僧侶ロンチェン・ラプジャンパ(ロンチェンパ)がガンリ・トガ山で修行し、記念碑的な著作『七宝論』を著したことで、この寺院は徐々にニンマ派の宗派へと発展していきました。18世紀初頭、雄色寺はジュンガル・モンゴル軍の侵攻によって破壊され、廃墟と化しました。19世紀前半、伝説的な女性転生者リンチェン・チョキ・ニマ(マニ・ロチェン、曲尼桑姆)が廃墟の上に寺院を再建し、厳格で規律の行き届いた尼僧院へと発展させました。チベット最大の尼寺となり、自身の肉体を捧げる過酷な精神修行「チュウ」が行われる場所として知られています。チュウ(切断)の修行は、鳥葬場など魑魅魍魎(ちみもうりょう)が集まる場所に赴き、瞑想の中で自らの肉体を切り刻んで捧げる非常に過酷な修行のことです。標高4,200m。チベット自治区ラサ市曲水県才納郷。

→雄色鄔金蔵香(雄色藏香)

・ニンマ寺(寧瑪寺)

🌏️ 33.733828, 101.641848
1834年に創建。壮大なアワンツァン湿地(阿万倉湿地)に囲まれ、世界最大の大きさを誇るマニ車(高さ約42.38メートル)で有名です。阿万倉寧瑪寺。甘粛省甘南チベット族自治州瑪曲(マチュ)県阿万倉郷。


・ペユル寺(白玉寺)

🌏️ 31.2159421, 98.8221271
1665年、デゲ王国の初代法王であるラチェン・ジャンパ・プンツォと首相のトリチェン・サンギェ・テンパによって建立。白玉寺は特に、ナムチュと呼ばれるテルマ(埋蔵された教え)の主要な保持・伝播拠点となりました。これは伏蔵師(テルトン)であるミンギュル・ドルジェの教えであり、白玉寺の伝統の根幹となっています。修戒律・禅定・知恵の三学を重視する規律の厳しさから、成就の伝統としても知られています。クンサン・シェラブが定めた僧院規則や修行プログラムは、後世まで厳格に受け継がれました。1992年には、9年間の修行プログラムを備えた寧馬高等仏教学院を設立し、仏教の教義と実践に関する深い知識を提供しました。文化大革命で失われたものも含め、古代の経典から翻刻された5万ページ以上の経典を収蔵するため、6階建ての経蔵も建設されました。11代目座主であるペノル・リンポチェは、中国の動乱期を経てインドへ亡命した後、南インドのビラクッペに「ナムドロリン僧院」を再建しました。現在、白玉寺の伝統はこのインドの僧院を本部として世界中に広まっており、同時に本国四川省の白玉寺の復興も進められています。

>インド亡命先のナムドロリング寺院(黄金寺院)

1963年、パルユル法族の第11代法主である第3世ドゥプワン・パドマ・ノルブ・リンポチェが建立した、世界最大のニンマ派仏教教育センターです。黄金の寺院として知られ、色鮮やかな壁画や巨大な仏像が訪れる人々を魅了します。正式名称は、「テグチョグ・ナムドロール・シェドルブ・ダルギェリン」です。1957年、パルユル法族の長であった第4世カルマ・クチェンが中国軍に逮捕され、1958年に拷問の末に殺害されたことも、この僧院の設立のきっかけとなりました。四川省白玉県の白玉寺(ペユル・ゴンパ)の亡命寺の本拠地です。南インドのカルナータカ州マイソール地区の一部であるバイラクッペに位置するこの僧院には、5,000人以上の僧侶と尼僧、資格のある教師からなる僧伽共同体、イェシェ・ウォドサル・シェラブ・ラルドリ・リンという名の中学校、僧侶と尼僧のための仏教哲学大学(シェドラ)、高齢者施設、病院があります。「黄金寺院」とも呼ばれています。

🔴四川省白玉県の白玉寺
> 31.2159421, 98.8221271
🔴亡命先南インドのナムドロリング寺院
> 12.406, 75.972

→白玉藏香
→南卓林藏香
白玉寺
白玉藏香
亡命先インドのナムドロリング寺院
南卓林藏香


・マイワ寺(麦窪寺・万象大慈法輪林)

🌏️ 33.046002, 102.909826
1646年、密教ニンマ派のラマであるヴィザ・サンアン・ニマが創設。遊牧民に合わせたテント形式の寺院でした。1929年、チベット遊牧民の「麦洼(マイワ)部族」が現在の紅原県阿木卡口周辺へと移動するのに伴い、寺院も一緒に移動しました。1940年にテント寺院としての歴史に終止符を打ち、本格的な寺院建設を始めました。1958年には大経堂が建立されました。文化大革命により、寺院建築の多くが破壊されました。1983年から、国からの資金と住民の寄付と労働奉仕により、現在の寺院の形が作られました。寺院の周囲は、長さ約1キロメートルに及ぶ長い長廊が延びています。境内には、チベット様式と漢族様式を融合させた本堂や、平和の塔(高さ127メートル、23階層)があります。四川省アバ・チベット族チャン族自治州紅原県阿木卡郷河(アムカヘ郷)。


・チャンリー寺(昌列寺)

🌏️ 31.908621,102.160271
8世紀、チベット仏教高僧のヴァイローチャナ(毘盧遮那)や、ヨガの達人ユドラ・ニンポ(玉扎娘波)がこの地を訪れ仏法を伝えた聖地です。昌列(チャンリー)は、閉関(瞑想・修行)の地を意味します。1240年代、ユドラ・ニンポの生まれ変わりとされる希熱将参(シレ・ジャンツェン)が、現在の昌列山に修行用の庵(草庵)を建て、徐々に規模を拡大しました。1966年から1976年にかけての文化大革命の時期に、他の多くのチベット寺院と同様に、建物や貴重な経典・仏像が破壊され、一部の遺跡を残すのみとなってしまいました。1980年代から旧寺院の跡地で再建が始まりました。さらに2004年には、旧寺院から少し離れた場所に大規模な大経堂の建設がスタートしました。現在の昌列寺は、イタリア製の照明、ネパール製の金仏、漢白玉(大理石)の龍の柱などを使用した壮麗な姿に生まれ変わっています。さらに、時代に合わせてマルチメディア教室なども備えた、最先端の仏教教育・修行の場となっています。標高3,400m。四川省アバ・チベット族チャン族自治州馬爾康(マルカン)市昌列山。


・ジンウー寺(金俄寺)

🌏️ 31.871796, 100.684723
1026年、ソナム・ロブサン・リンポチェが予言に基づいて創建。色曲(セチュ)河畔にある小高い丘の上に建っています。グル・リンポチェが残した金剛短剣、テルマ(隠された宝) 、釈迦牟尼仏の古代像、仏舎利などの宗教的遺物を保存しています。この寺院は主に金剛杵の修行を行っています。象の形をした神山の頂上には、ゲサル時代の鎧や蹄跡が今も残っており、裏山の観音洞には自然にできた巻貝状の鍾乳石や、自然に形成された仏像があります。1687年以来、この寺院は白玉寺に属しました。文化大革命の際も損傷を受けず、創建当時の姿をそのまま保っています。四川省甘孜市色達県翁達(オンダ)鎮。

→金俄寺藏香
→金俄寺天然手工藏香
→金俄宝瓶藏香
→金俄宝瓶度母甘露藏香


🟢その他

・パンコル・チョーデ(白居寺)

🌏️28.924635,89.594979
1418年、ギャンツェの法王ラブテン・クンサン・パと、一世パンチェン・ラマであるケツプ・ジェによって共同で建立されました。創建以来、特定の宗派に偏ることなく、サキャ派、ゲルク派、シャル派、カダム派といった複数の教派が共存して学ぶ場として発展しました。境内には、高さ42メートルの巨大な仏塔があります。十万仏塔(パンコル・チョルテン)と呼ばれる大仏塔は、内部には9つの層、77の仏殿、108の門があり、壁一面に描かれた緻密な壁画や数千体以上の仏像が安置され、八角形の立体曼荼羅となっています。寺院の中に塔があり、塔の中に寺院があるという「寺中有塔、塔中有寺」と称される独特の建築様式です。寺院の背後には、ギャンツェ要塞(宗山城堡)があります。1904年、イギリスのヤングハズバンド率いる武装使節団がチベットへ侵攻した際、このエリアは激戦地となりました。標高3900m。チベット自治区シガツェ市ギャンツェ県白居路。

→江孜白居寺香
→白居司芳香四溢圣香



② チベット線香と五大地域社会

ラサ市の尼木県(ニュモ県)は、農牧業が基幹産業です。近年は、全域観光戦略を推進しています。7世紀を起源とする尼木蔵紙、木彫りなどの伝統工芸があります。1300年以上の歴史がある手工蔵香の生産が盛んで、尼木蔵香は国家級無形文化遺産です。呑巴(テュンパ)を中心として、特に呑達村(テュンダ村)に従事者が集中しています。24年度は10億円ほどの生産をしましたが、全産業の2.5%ほどの比率です。水車を使った村人による素朴な伝統工芸です。(尼木藏香)

山南市札嚢県(ザナン県)は、敏珠林(ミンドゥリン)寺があり、ポタラ宮のダライ・ラマや貴族、宮廷へ献上されるお香の独占的な製造を担っていた歴史があります。それゆえ、この地域では、寺院を中心に高度に洗練された高級香産業が栄えてきました。(敏珠林集聚熏香)

ラサ市中心部の城関区は、チベット伝統医学の最高権威であるメンツィカン(西蔵自治区蔵医院)があり、ヘルスケア産業として線香が生産されてきました。聖康香(Holy Land)などが巡礼者へのニーズに応えてきました。(聖康香、SORIG)

青海省(アムド) 湟中区(コンチュウ区)は、タール寺周辺が巨大な線香の産地です。寺院内にある「タール寺蔵医院(チベット医学病院)」の広大な工房では、何百人もの職人が手作業でお香を作っています。中国本土や東南アジアへの輸出産業としても大きな規模を誇ります。(塔爾寺薫香)

日喀則市(シガツェ市)は、ブータン国境に近いヒマラヤ山麓エリアが、高山植物の原材料供給地として、また越境交易の拠点としての藏香産業が回っています。標高4,000メートルを超える高地でしか採れない貴重なハーブ(ウスネア、雪茶など)の採取人、それを加工する職人、そして国境を越えてネパールやブータンへ輸出する商人たちのネットワーク自体が、この過酷な高山地帯の重要な経済基盤となっています。(扎什伦布寺藏香)


③ 尼木藏香

尼木県では、呑巴(テュンパ)地区、特に呑達村(テュンダ村)を中心とした蔵香産業に500人以上が従事し、年間200トン以上、10億円程度を生産します。1300年以上の歴史があります。

尼木藏香・甘丹寺藏香
尼木藏香・呑巴古藏香
尼木藏香・密宗禅藏香
尼木藏香・八宝如意藏香
尼木藏香・三十五味財神香
尼木藏香・三十五味藏薬香
尼木藏香・六十六味尼木藏香
尼木藏香・六十九味藏薬香
尼木藏香・西域龍涎熏衣香
尼木藏香・藏檀香
尼木藏香・早香
尼木藏香・晩香
尼木藏香(1)
尼木藏香(2)
尼木藏香(3)
尼木古宝・財神香
尼木古宝・檀木藏香
尼木古宝・佛香
尼木古宝伝統藏香
尼木古宝藏香
尼木古寶藏香
尼木千年好礼・度母香
尼木伝統藏香
尼木吞巴古藏香
尼木吞巴手工藏香
雪域康桑藏香
呑達村マスター香


④ チベット族

チベット族の人口は500万人で多くはチベット語を使用します。しかし地方によって方言差が著しく、それぞれの谷ごとに言葉があると言われるほどです。そこで大きく地域を分類します。北東部の遊牧地帯はアムド(青海)、東部の遊牧地帯はカム(西康)、中央部のラサ地方はユィ(衛)、南部の穀倉地帯はツァン(蔵)、西部の遊牧地帯はアリ(阿里)と分類し地図に示します。

チベット族という名称は漢語の呼び名で、チベット族自身は、「巴(パ)」や「哇(ポエ)」と自称しています。「巴」「哇」は、「人」という意味です。ラサ人は衛巴(ウエイパ)、シガツェ人は蔵巴(ツァンパ)、康方人は康巴(カンパ)」、多方人は安多哇(アントウワ)です。


⑤ チベット三大名香

・敏珠林集聚熏香
・楚布チベット香
尼木藏香


"おすすめのチベット線香を教えて下さい"

▶Gemini
Sorig(メンツィカン)
ポタラ香(ポタラ宮)
カイラシュ香
Kola Nyernga(メンツィカン)
ガンデン・ケンパ(甘丹寺)
Samadhi Incense(タルパチョリンナニー)
Milarepa Incense
Natural Herbal Incense


▶Chat GPT
Mindroling Incense(敏珠林寺)
Holy Land Incense(チベット医薬公司)
Potala Tibetan Incense(ポタラ宮)
Samye Monastery Incense(桑耶寺)
Red Crystal Incense(アヤン・リンポチェ僧院)
Blue Sky Incense(アヤン・リンポチェ僧院)
Emaho Healing Incense(亡命敏珠林寺)
Nado Riwo Sangcho


▶Deep Seek
Holy Land Incense(チベット医薬公司)
Mindrolling Monastery(敏珠林寺)
Dhe-Tsang Monastery(大藏寺)
Sang puti 桑菩題
Blue Sky(アヤン・リンポチェ僧院)


▶CIaude
Nado Poizokhang
Tibetan Medical & Astro Institute(メンツィカン
Potala Incense(ポタラ宮)
Dhoop Factory
SNOWLION
※SNOWLIONは、ネパールのスワヤンブナート寺院の近郊にあるチャンドラ・デヴィ香会社(Chandra Devi Incense)の製品です。🌏️27.712486,85.294173


▶Grok
如意宝 除障香
如意宝 純檀王
御香堂 Ganden
御香堂 Medicine Buddha
御香堂 Akanistha
Agar31
シェチェン香(シェチェン寺)
敏珠林藏香(敏珠林寺)


⑥チベット医学の三大機関

1. 西藏蔵医薬大学

ダライ・ラマ13世
1916年 メンツィカン創立→1989年 西藏蔵医薬大学
ラサ市
🌏️29.6572, 91.1598
→聖康香(Holy Land)チベット医薬公司製造
ダライ・ラマ14世
1959年 インド亡命(チベット動乱)
1961年 メンツィカン(医学暦法研究所)設立
インド・ダラムサラ
🌏️32.2274, 76.3262
→SORIG Tibetan Incense
→Kola Nyernga Incense

中国政府傘下のラサ市のチベット医薬公司

中央チベット政権傘下のインドのメンツィカン

2. タール寺(クンブム寺)医学院

中国青海省西寧市のタール寺の敷地内には、チベット医学の病院であるタール寺蔵医院があります。病院とは別に医学教育施設が併設されています。タール寺(クンブム寺)医学院は、1711年に開設された伝統を誇ります。アムド地方における医学の拠点で、大学教育に依存せず、寺院内で僧侶(アムチ)から弟子へと直接医学を伝承するスタイルを色濃く残しています。
→塔爾寺吉供香

タール寺蔵医院と塔爾寺吉供香

3. ラブラン僧院医学院

甘粛省の甘南チベット族自治州にある、ラブラン寺に併設された医学専門機関です。中央には、高さ10メートルを超える巨大な文殊菩薩の青銅像が立っています。 世界のチベット学府とも称される仏教の総合大学で、その中の医学院では、学僧たちがチベット医学の理論と実践(薬草の採集から製薬まで)を体系的に学んでいます。

拉卜楞寺古法藏香

⑦ チベットの木版印刷所

1. デルゲ印経院(徳格印経院、更庆寺)

🌏️31.806278, 98.580989
1729年に創建。正式名称は、徳格吉祥聚慧印経院。27万〜32万枚以上の版木(印板)を保管し、830部以上の典籍を収蔵し、現在もチベット仏教の全宗派の経典・文献を印刷しています。印刷技術は国家級無形文化遺産に指定されています。徳格土司(地方領主)の支援で建立され、中央チベット(ラサ)の影響が比較的弱かったため、多様な宗派の教えを保護・伝承する役割を果たしました。文化大革命期にも僧侶たちが命がけで版木を守り抜き、破壊を免れました。標高3,250m。

→徳格印経院供香


2. ナルタン印経院(納塘寺)

🌏️29.191084, 88.764280
1730年、チベットの地方政府は、チベットの古い書籍や経典を保存し継承するため、この印刷所の創設を始めました。この巨大な経典印刷所を完成させるには20年以上の歳月を要しました。この大プロジェクトを成し遂げるため、多くのチベットの人々がそれぞれの方法で支援を提供しました。書家、彫刻家、画家、そして多くの若者たちが集まり、印刷技術を学びました。長年の努力を通じて、ナルタン寺の経典印刷所は多くの偉大なチベットの作品を生み出しました。標高3,850m。


3. ペルプン印経院(八帮寺仏法宝蔵印経院)

🌏️31.6483, 98.7958
1727年に創建されたペルプン寺にある印刷所は、仏法宝蔵と呼ばれ、歴代タイ・シトゥパによって整備・拡張されました。最盛期には約7万~10万枚の木版を所蔵し、経典・論書・歴代タイ・シトゥパやジャムゴン・コントゥルの著作などを印刷していました。18世紀のデルゲ印経院の『カンギュル』・『テンギュル』の編纂事業には、ペルプン寺の学僧が深く関与しました。デルゲ印経院の創設にもペルプン寺が大きな役割を果たしたとされています。標高3,900m。

4. ショル印経院(ポタラ宮)

🌏️29.656469, 91.119078
第5世ダライ・ラマが、ポタラ宮の麓、ジョルの東部に設立しました。政府の官制印刷所ではありましたが、大規模な印刷所ではありませんでした。20世紀半ばに作成された目録には、ツォンカパとその2人の主要な弟子の著作集に加え、印刷所が版木を保有していた約120冊の著作が掲載されています。標高3,650m。

5. タール寺印経院(塔爾寺)

🌏️36.481439, 101.599192
印刷所は西暦1832年に設立され、主に『ツォンカパ大師と二人の弟子の集成』、『三昧経』、『八千般若歌』、『バドラカルピカ経』、『四大続』、『五大論』などの経典、法、三蔵論を所蔵しています。また、阿嘉永増大師、羅蘭巴丹徳利、羅蘭巴巴托、佳木陽謝巴の作品や、『解尊』、『国望』、『四学』の教科書、さらに羅林、仏教の戒律、日々の読経、儀式、祈祷旗、お守りなどの木版画も多数所蔵しています。標高2,690m。


6. シャングリラ印経院(香格里拉印経院)

🌏️27.8152, 99.7056
雲南省ディチェン・チベット族自治州シャングリラ市の夏給チベット村にある近代的な印経院です。デルゲ印経院の技術を参考に設立され、雲南チベット地域最大級の木版印刷センターとして知られています。印経院には、『カンギュル(甘珠爾)』108巻、『テンギュル(丹珠爾)』203巻、16万2千枚の木版、約6千枚の絵版が収蔵されています。標高3,290m


7. ラブラン印経院(拉卜楞寺)

🌏️35.2018, 102.5215
甘粛省夏河県にある Labrang Monastery(ラブラン寺)の伝統的な木版印刷所です。2万枚以上の木版を所蔵し、経典や宗教文献を伝統的な木版印刷で制作しています。 現在も僧侶たちが手作業で経典を刷る伝統を維持しています。 

⑧ ブータン王国の線香

NADO社
・Happinss
・Zhingkham Kunchhab Chhoetrin
・CINNAMON
・Aman
・Poizokhang
・Jaju


Chimi社
・Soothing Lung-Poe
・Clean-Se
・Shielding Tshul-Zhi-Poe
・POE JORKHANG
・Guru Chan Dreen Poejor
・Jaaju Poe


Lhawang Driden社
・Drizang Kuenchap

ラワン・ドリデン香工場は、ワンデ・ポトダン郡に拠点を置く香製造会社です。ドゥリザン・クエンチャップ(Drizang Kuenchap)は、ブータンで製造されている伝統的なブータン線香です。 香のベースには、シャクナゲ、ナツメグ、シナモン、蜂蜜、樹脂(ポエカル)、ルダ、グーズベリー、サフラン、ジュニパーなど、様々な種類の香料が使用されています。香の着色には天然染料も使用されており、合計で約35種類の原材料が使用されています。 黒香は非常に神聖な香とされ、神聖な儀式やプージャの際にのみ焚かれます。この種類のお香は、工場で年に一度だけ製造されます。

Druk Incense Company
・CHENREZIG



⑨象雄王国とボン教

キュンロン銀城(穹隆銀城)

象雄王国(シャンシュン)は、チベット高原西部を中心に栄えた古代王国で、現在の西蔵自治区アリ地区からカイラス山周辺にかけて広がっていたと考えられています。首都は青蔵高原にあるキュンロン銀城(穹隆銀城)と伝えられています。紀元前127年、ヤルン渓谷にチベット最初の王である「ニャトリ・ツェンポ王」が誕生し、チベット最初の宮殿であるユンブラガン(雍布拉康)が建立されました。独自の文字(シャンシュン文字)や暦を持ち、中央アジアやインドなどと交易を行う古代シルクロードの要衝として繁栄しました。象雄王国は、ボン教の発祥地で、カイラス山、マーナサローワル湖などは最大の聖地です。18代国王のリーグミキャ(李弥夏)は、湖で祭祀を行っている時に暗殺されました。ソンツェン・ガンポによって644年頃に攻められ、藩属国となったのち完全に併合され、吐蕃(とばん)王朝の時代となります。象雄王国の崩壊は、645年の乙巳の変(いっしのへん)により政権転覆を果たした日本の歴史(蘇我氏宗家滅亡)と同時期となり、日本は唐の律令制国家となりました。吐蕃王朝は、843年に仏教を弾圧したランダルマ王が暗殺され崩壊しました。その後、400年間は群雄割拠の時代となり、宗教指導者を中心とするチベット仏教の時代となります。13世紀にモンゴル帝国(元朝)が台頭すると、チベットはその支配下に入ります。元のクビライ・ハンは、チベット仏教の有力宗派であるサキヤ派の長にチベットの統治権を与えました。元が衰退するとサキャ派に対抗する勢力が台頭していきます。チベット仏教寺院は最盛期を迎えます。ボン教は象雄王国の時代からチベットとインドを中心に脈々と存続しつづけています。

ボン教の伝説上の開祖は、幸饒弥沃如来仏(シェンラプ・ミウォ・チェ)です。チベットの寺院は、古代インドに起源を持つ礼拝作法により、敬意の対象(仏塔など)を常に自分の右側に置くように時計回りに周回し、マニ車も時計回りに回しますが、ボン教では反時計回りにします。聖地であるダンラ・ユムツォ湖(当惹雍錯)の地域では反時計回りを意味する「卍」の記号が残っています。チベット自治区ナクチュ市ニマ(尼瑪)県文部郷瓊宗(きょうそう)。標高4000m。

尼瑪県文布郷

代表的なボン教寺院は、ナルシ寺(朗依寺)、ヨンジョンリン寺院(熱拉雍仲林寺)、メンリ寺、メンリ寺(インド)、トリテン・ノルブツェ僧院、ボンギャ寺、キュンモ寺、ユベン寺(玉本寺)などがあります。薬草学に強く古代から線香の文化がありました。ボン教の線香としては、メンリ寺のメンリ香、トリテン・ノルブツェ僧院のソリグロープインセンスなどがあります。

・ユムブラガン宮殿(雍布拉康)

伝説によると、紀元前127年にヤルン族の指導者ニャトリ・ツェンポによって建立されたチベットで最初の宮殿です。2150年の歴史を誇り、ポタラ宮よりも800年以上も古い歴史を持っています。チベット語で「雍布」は母鹿、「拉康」は神殿を意味し、山の形が母鹿の脚に似ていることに由来します。チベット仏教の発祥地として知られる神聖な場所であり、内部には歴代のチベット王や仏像が祀られています。チベットで最初の仏典である「仏名菩薩名経」も保存されています。後に第5世ダライ・ラマは、ユンブラガンを寺院に改築し、釈迦牟尼仏像を安置する宗教施設へと変貌させました。文化大革命中、ユンブラガンの寺院部分は地元の若い政治家によって破壊され、多くの遺物が失われ、廃墟だけが残されました。建物は1982年に修復され、現在は保護されています。チベット自治区山南市乃東区ヤルン谷 。標高3,700m。※雍布島寺藏香は、雍布拉康の周辺にある山南市のヤムドロク湖畔の浪卡子 (ナガルツエ) 県で作られている手作りのチベット香です。

🌏️29.1426, 91.8027
→雍布島寺藏香

・ナルシ寺(朗依寺)

1108年にヨンテン・ギャルツェンにより創建。ボン教の重要な拠点として知られています。僧侶数は約1,300人、現在世界最大級のボン教寺院の一つです。四川省アバ州アバ県ワルマ郷。標高3,300m。
🌏️ 32.936667, 101.728611

→郎依寺供香(現地限定品)

・レラ・ヨンジョンリン寺院(熱拉雍仲林寺)

7世紀、吐蕃王朝時代にソンツェン・ガンポ王が創建。8世紀にランダルマ王の治世に破壊されました。1834年、ボン教の尊者ダワ・ギャルツェンによって再建され、1959年には国家重点保護寺院に指定され、1996年にチベット自治区の文化財保護対象に指定されました。本堂にはダワ・ギャルツェンの仏塔を含む5基の仏塔が建ち、ラチャン・ナムギャル堂には高さ12メートルのボン教の尊者ナムギャルの像が安置されています。また、ボン教経典堂には金墨で書かれた経典が収められています。 1982年にはさらに4つの堂が修復されました。毎年チベット暦12月29日には、この僧院で悪魔祓いの儀式とシャーマンの舞踊が行われる。反時計回り(左回り)の巡礼路、ユンドゥン(左向き卍)の装飾など特徴があります。メンリ寺と並ぶポン教最大級の学問寺院です。チベット自治区シガツェ市ナムリン県ヌマ郷レラ村。標高3,750m
🌏️ 29.366581,89.650534

亡命先インドの寺院
🛞ソグ・ユンドルンリン・ボン僧院
> 27.292415,88.411367
🛞ラバングラ・ボン寺院
> 27.278675,88.334370

→ヨンドゥンリン香

・メンリ寺

チベット自治区シガツェ市南木林県
標高4,700m

🌏️ 29.446108, 89.537805

・メンリ寺(インド)

インド・ドランジ 
標高1,200m
🌏️ 30.845815, 77.149371

→メンリ香(ツォンゴン・ラトナ・メンリン尼僧院)

・トリテン・ノルブツェ僧院

ネパール・カトマンズ
標高1,450m
🌏️27.728938, 85.281592

→ソリグロープインセンス


・ポンギャ寺(文嘉寺)

青海省黄南州同仁市曲庫乎郷
標高3,200m
🌏️ 35.395381, 101.973834

・キュンモ寺(瓊毛寺)

青海省海南州同徳県
標高3,700m
🌏️ 35.273040, 100.638256

・ユベン寺(玉本寺)

タンラ・ユムツォ(当惹雍錯)塩湖周辺

・ドゥデン寺(多登寺)

1385年、シャブ・ニマ・ ゼンが創建。郎依寺の対岸にある山腹に位置します。国家級文物を所蔵するボン教儀礼伝承寺院。標高3320m。

🌏️32.931706, 101.756161

・ショシェン寺(修雄寺)

象雄(シャンシュン)系統を伝える寺院。日本語資料では「昴修寺」と表記される場合あり。四川省松潘(ソンパン)県にある著名なボン教寺院「対岸寺(とがんじ)」の分院として建立されました。四川省阿壩州阿壩県麦爾瑪鎮(旧・麦爾瑪郷)周辺。

・永中楼広法寺
(雍中拉頂寺・ユンドゥン・ラディン寺院)

永中拉頂光法寺は、2世紀に創建されたボン教の寺院です。『安道政治宗教史』によれば、「永中楼」は、大晋王朝の首長である蘭丹嘉布に建立され、嘉容十八首長によって支えられた寺院であり、嘉容地域の政治文化の中心地であったとされています。1776年、乾隆帝はボン教を廃止し、ゲルク派を奨励し、永中羅頂寺の破壊を命じ、その跡地にゲルク派の寺院を再建し、「光法寺」と名付けました。光法寺は清朝の四大宮寺の一つとなり、乾隆帝の治世以降、四川省北西部のチベット地域における宗教の中心地となりました。四川省アバ・チベット族チャン族自治州金川県。標高2450m。

🌏️31.302996, 102.018110

・チャムド寺(昌都寺)

3世紀、長家首長の弟である郎松臘章丹北家木燕によって創建。古代長家地域の公式寺院として、半径2万平方キロメートル以内の数十の寺院を管理していました。歴史的に、昌都寺は古代朝鮮地方の公式寺院であり、特に首長の管轄区域内の宗教事務を管理する本部でした。チャムド寺院の高僧たちは、首長の外交活動を補佐していたため、朝廷から高く評価され、純銀製のウシュニシャヴィジャヤ仏像を贈呈されています。清の朝廷直轄の官寺であり、ボン教のユンドゥン・ラディン・グアンファ寺院(広法寺)に次ぐ歴史のある古代ユンドゥン・ボン寺院です。かつては、「通竹琴博」と呼ばれる印刷所があり、様々な仏像や神々の版木に加え、ボン教の三蔵経典「カンギュル」全巻を収めた数万枚もの版木を所有していました。昌都市坎梵区の昌都強巴林寺(昌都寺)はゲルク派の寺院、名古屋市守山区の強巴林(チャンバリン)はラサのジョカン寺を公式に本山とするチベット仏教寺院となり、類似した寺院名ですが異なるものです。標高3460m。四川省阿壩チベット族チャン族自治州金川県沙沢角郷阿羅雪村(アラシュエ村)。

🌏️31.545, 101.942

・ガミ寺(尕米寺・小西天尔味寺)

1355年に仁真建赞(レンジェン・ジェンザン)師により創建。小西天(シャオシティエン)とも呼ばれています。山西省の小西天(観音庵)とは異なります。正式名称は、ガミ寺(ガミシ / 尕米寺・杂咪寺)。標高4,050メートルの小西天聖山の麓に位置します。小西天聖山は、九寨溝と黄龍を結ぶルートの途中に位置しています。周辺の四面八方から、寿命を迎える老いた鳥たちが最後の力を振り絞ってこの聖山へと飛来し、ここで息を引き取る(安息の地とする)という神秘的な言い伝えが残されています。チベットの暦で鳥年にあたる年は、すべての神々や鳥の王がこの山に集まると信じられています。そのため、鳥年にこの聖山を参拝すると、功徳(善行のポイント)が12倍になるとされ、国内外から膨大な数の巡礼者が訪れます。中国四川省阿壩州松潘県川主寺鎮周辺(松藩草原内)。標高3,000m

🌏️ 32.899863, 103.679547

・黄龍中寺

明時代に建立。約5100平方メートルの敷地面積を有していたが、現存するのは約500平方メートルのみである。黄龍後寺から676メートル、接仙橋から458メートル、争艳池から1011メートルの距離にあり、争艳池と五彩池の間に位置し、周辺にはアカマツ林やツツジ林などの植生が分布している景勝地区にあります。四川省アバ・チベット族チャン族自治州の黄龍風景区内。標高3470m。

🌏️ 32.726491, 103.832741

・タギリン寺(傑哇擁忠達吉嶺寺・巴底黒経寺)

658年に松吉亮柏が創建。朝廷の戦いに貢献したことで清の乾隆帝から黒教(ボン教)の信仰を継続する特権を認められた由緒ある寺院です。寺院がある丹巴県は、険しい山々と石造りの高層建築(碉楼)が立ち並ぶ独自の景観で知られ、「中国で最も美しい村」とも称されています。

7世紀に象雄王国が吐蕃王国に滅ぼされると、チベット高原の女国(蘇毘・スンパ)から戦禍を逃れた人々は東に移動し、丹巴の中心に栄えた東女国(ギャロン)と呼ばれる地域に定住したとされています。ギャロンとは「女王の谷」という意味で、ここにもまた女王国が栄えました。

東女国の女王は4人の息子を女王宮殿の四方にある部族に封土し、これらの4つの部族の王たちが「嘉容十八祖」の起源となりました。東女王国は、男性よりも女性を重んじ、女王や官僚は全員女性で、男性は官職に就くことはできず、軍務に就くことしかできませんでした。女王は9階建ての見櫓に住み、一般の人々は4階建てまたは5階建ての見櫓に住んでいました。

嘉絨蔵(ギャロンチベット)族の集落には、外敵の襲来に備え、砦の役割となる石碉(せきちょう/カル)と呼ばれる塔が造られてきました。中でもこの丹巴は「千碉古国」と称されるほど、石碉が多く密集して建てられた地域です。石碉は住居と連結したものと単独で建てられたものとがあり、平常時は貯蔵庫として使われました。形状は四角形が一般的ですが、丹巴では、五角形、八角形の他、十三角形など、珍しい形のものも見られます。

13世紀に西夏王朝が滅んだ際、皇室の妃たちが寧夏から東女国に逃れて移り住んだことから、この地は「美人谷」と名付けられました。四川省金川県爾邦郷(マルバン郷)の独足溝村では、東女国の古代都市遺跡が発見されています。四川省甘孜チベット族自治州丹巴県巴底郷邛山村中美人谷。標高2100m。

🌏️ 31.0953335, 101.8620905

ゼルゾル寺(孜珠寺・紫竹寺)

3,000年前、チベット第2代国王ムトリ・ツェンポによって創建。ユンドゥン・ボン教において最も古く、世界で最も高い位置にある重要な寺院の一つです。寺院にはボン教の教義体系が完全な形で残されているだけでなく、ボン教の経典、宗教儀式、儀式用具を数多く保存しています。「国師印」は青銅製で、つまみには巻き龍が彫られており、印面には仏教の教えの最高境地を象徴する「阿」の字が刻まれています。チベット自治区チャムド市ディンチン県(丁青県)天宮紫竹風景区。標高4,800m。

🌏️ 31.254835,95.838419

・ツォカイゴンパ(作海寺)

12世紀初頭、澤秀東尼夏普大師が創建。ボン教の显密双修(顕教と密教を共に修める)道場です。正式名称は、沢秀雍仲苯丹普済林。夏河県の甘加草原にあり、大象山に囲まれています。最盛期には700人以上の僧侶が修行していましたが、18世紀後半の移民の流入やその後の歴史的打撃により一時期は廃墟となりました。現在は大経堂、チベット経蔵閣、智慧慈母殿、文殊殿などが再建され、活仏(かつぶつ)の転生制度も第24世まで受け継がれています。甘加草原は、八角城古城や白石崖の観光コースです。甘粛省甘南チベット族自治州夏河県甘加鎮作海村。標高2,900m。
🌏️ 35.3803390, 102.5859131

→作海寺法会香(未流通)

・セジエ寺院(色結寺・日加貢責寺)
・セグオ・チャム寺院(色果查姆寺・日加寺)

1161年、ボン教の開祖シェンラプ・ミウォチェを祖とする六大氏族の一つであるムシン氏族の末裔であるシンドゥン・イェシェ・ロドロによって創建されました。シンツァン家の家寺(一族の菩提寺)です。東日嘉山の山頂にある「色結寺」と対になっており、山の上が「上寺」、麓の「色果查姆寺」が「下寺」という、ボン教の伝統的な一対の寺院体系を形成しています。 西藏自治区日喀則市謝通門県塔丁郷乃能村。

セジエ寺院(色結寺・日加貢責寺)上寺
🌏️ 29.423146,88.296132
セグオ・チャム寺院(色果查姆寺・日加寺)下寺
🌏️ 29.425097,88.296069


・ダモン骸骨天葬院(ダム寺・達木寺)

チベット全土で唯一遺者の頭蓋骨を保存する天葬の聖地です。骸骨壁には、天葬(鳥葬)でハゲワシに施された遺体の頭蓋骨が整然と並べられており、訪れる者に無常と生の重みを感じさせます。一部にボン教的要素を含むチベット仏教の施設です。19世紀に活仏のダ普8世・白瑪白扎(ペマ・ペンザ)活仏によって創建されました。チベット自治区那曲市比如県(ビル県)茶曲郷。標高4,000m。

🌏️ 31.527415, 93.248724

※象雄王国は、カイラス山からカシミールの山脈沿いのエリアを拠点としました。チベット中央に位置する広大なチャンタン高原には、蘇毘(スンパ)と呼ばれる女国があり、女の一族が統治していました。東側は昌都市、玉樹から中国の四川、雲南省と隔てる山脈までを白蘭(バイラン) と党項(タングート)が統治していました。

ボン教の聖地は、発祥地であるナクチュ(那曲)の文布郷の地区にある当惹雍錯(ダンラ・ユムツォ)や達果雪山(ダカル・セシャン)、王国の首都のキュンロン銀城やカイラス山、マナサロワール湖、さらに納木錯(ナムツォ湖)、念青唐古拉山脈(ニャインチェンタンラ山)などの3箇所に点在します。


カイラス山 🌏️ 31.0667°, 81.3125° 
マナサロワール湖 🌏️ 30.6833°, 81.4833°
キュンロン銀城遺跡 🌏️ 31.1000°, 80.0500°

当惹雍錯(ダンラ・ユムツォ)🌏️ 30.9167°, 86.5333°
達果雪山(ダカル・セシャン)🌏️ 30.767287, 86.675801

納木錯(ナムツォ湖)🌏️ 30.7167°, 90.5833°
念青唐古拉山脈(ニャインチェンタンラ山)🌏️ 30.3833°, 90.5667°

※象雄王国に関するその他の線香

→雍布島寺藏香
→穆嵘藏香(ムロン藏香)※無形文化遺産
→瑪吉本蘭(マキホンラン)珠胜香
→象雄空行熏香



⑩ チベットの修行洞窟群

チベットのヤルツァンポ川流域は石灰岩のカルスト地貌が発達しており、古くからチベット仏教の聖地・修行場として知られる神秘的な洞窟が集まっています。 ロカ市ザナ県周辺の近くには、歴史ある天然の溶洞(鍾乳洞)が複数存在します。古くは、象雄王国の時代から洞窟は利用されていました。

・穹隆銀城

ボン教最大の聖地、象雄王国の古都、周辺に多数の修行洞窟群があります。

・チャンゴ溶洞(昌果溶洞、昌珠溶洞)

山南市、ボン教の古い修行地。

・ザヤンゾン溶洞(扎央宗溶洞)

聖なる湖 🌏️ 29.516667,92.738056
山南市扎央宗、ニンマ派、扎央宗蔵香の伝承地。

チャセ寺(查色寺)→扎央宗蔵香


・宗貢布溶洞(そうこうふ溶洞)

ヤルン渓谷周辺、ボン教行者の閉関地。

・イェルパ洞窟(扎耶巴寺)

ラサ市ダジ郡バンドゥイ郷イェバ村。チベット最大級の洞窟修行地。扎耶巴寺(ダク・イェルパ)。

・チンプ(青浦)、サムイェー・チンプ尼寺

サムイェ寺背後の断崖に広がる洞窟群、パドマサンバヴァゆかり、数十~百以上の修行洞窟があります。チベット最初の仏教寺院であるサムイェー寺から北東に約16km離れた山の上にある広大な修行地。

・ヤマルン洞窟

パドマサンバヴァが長期修行したニンマ派の重要聖地。

・シェルドラク洞窟

パドマサンバヴァの八大聖窟の一つ、多数の伏蔵(テルマ)伝承。標高4,600mのヤルン渓谷。

・ラチェン・プク(カイラス山洞窟群)

ボン教・仏教双方の聖窟。ボン教の開祖トンパ・シェンラプ の伝承地。



⑪ チベットの歴史

・旧石器時代 

チベット高原には数万年前から人類(デニソワ人系などを含む)が住んでいました。

・新石器時代

カロップ遺跡(紀元前3000年〜2000年頃) 
チャムド市で発見された代表的な新石器時代の遺跡。定住生活が営まれ、農業(アワの栽培)、家畜の飼育、独特の模様がついた土器作りが行われていました。古代のマサン赤面種族(象雄王国と吐蕃王朝の同一先祖)。

・象雄文化の形成 【ボン教の燻香・薬草香】

魔本(ドゥ・ボン)や賛本(ツァン・ボン)の宗教活動(古・ボン教)

・紀元前127年

象雄王朝時代、幸饒弥沃如来仏(シェンラプ・ミウォ・チェ)、象雄語、象雄耳伝大円満、リグ王家(Lig)、キュンルン・グルカル遺跡、古象雄仏法、雍布拉康(ユムブラガン)宮殿、ヨンドゥン・ボン教(新・ボン教)

・7世紀前半 【粉香中心】

吐蕃と対立、ソンツェン・ガンポ、文成公主、四部医典、仏教伝来、魔女調伏十二寺院(十二鎮魔寺)

・644年
 
象雄王家リミギャ王暗殺、吐蕃併合、クゲ王朝
吐蕃王朝時代、統一チベット
トンミ・サンボータがチベット文字を制定
仏典翻訳事業により古典チベット語が確立

・842年 【粉香がチベット医学と融合】

吐蕃王家ランダルマ王の暗殺、吐蕃王朝滅亡、群雄割拠時代

・955年

象雄王家リギン・ムペチャ王暗殺、象雄王家滅亡

・1100年代

木版印刷伝来

・12世紀 

大寺院の印刷所稼働

・13世紀 【現代型の棒状チベット線香成立】

モンゴルにサキャ派のチベット仏教伝来
元朝(モンゴル)の崩壊とともに衰退

・16世紀後半

アルタン・ハーンによりチベット仏教のゲルク派がモンゴル地域に伝えらる。

・17世紀 【各寺院独自の伝統香が発達】

モンゴル人のほとんどがチベット仏教の信徒となる。

・1966〜1976年 

文化大革命、チベット侵攻、中国による宗教弾圧と寺院破壊
インドなどに亡命し、現地で寺院建立し成功する。

・1980年代〜 
 
チベット仏教復興、世界遺産登録や文化遺産登録され研究が進む。同化政策が社会問題となる。


⑫ 亡命地インドのダラムサラ

ダラムサラは、インドのヒマーチャル・プラデーシュ州の一角にあるチベット亡命社会の中心地。亡命チベット人の多数が暮らす「マックロード・ガンジ地区」と、チベット亡命政府の官庁がたちならぶ、「カンチェン・キション地区」からなる。

1959年、チベット動乱でインドに亡命したダライ・ラマ14世が、インド政府からこの地を提供され、1960年に亡命政府を移した後、多くのチベット人がヒマラヤ山脈を越えてきました。今もなお、年間2000人の難民が、ダライ・ラマ14世とともに暮らしたいと、この地に渡ってきます。

1万人を超えるチベット難民が暮らしているダラムサラから少し北の高地、マクロードガンジーにはダライ・ラマ14世の住居があり、ガンデンポタン(チベット亡命政府)の本拠地です。郊外には、カルマパ17世が居住している「ギュトー密教寺院」のあるシドゥバリの町があります。

中心寺院は、ダライ・ラマ14世の法王庁に隣接する「ツクラカン寺院」(ナムギャル僧院)です。本堂のツクラカン堂には、釈迦牟尼仏、観世音菩薩、パドマサンバヴァの3体の大仏像が祀られています。


⑬ インド亡命した寺院一覧(座標)

🟡ゲルク派⚪カギュ派🌸サキャ派🔴ニンマ派
🟢その他🛞ボン教 (元の寺) > 北緯,東経

🟡セラ・ジェイ修道院(セラ寺)
> 12.415994,75.952863
🟡セラ・メイ修道院(セラ寺)
> 12.420897,75.951950
🟡テクチェンリン・ゴンパ(セラ寺)
> 12.411476,75.978213
🟡デプン・ゴマン学堂(デプン寺)
> 15.028857,75.005764
🟡デプン・ロセルリン学堂(デプン寺)
> 15.025728,75.003746
🟡ガデン・シャルツェ僧院(ガンデン寺)
> 14.991109,75.002212
🟡シャー・ガッテン大学(ガンデン寺)
> 14.990061,75.003045
🟡サーポム・トサーム・ノーリング大学(ガンデン寺)
> 14.993099,75.006045
🟡タシルンポ僧院(タルシンポ寺)
> 12.426657,75.986623
🟡タシキル僧院(ラブラン寺)
> 30.257544,77.995354
🟡ギュトー密教寺院・上密院(ラモチ寺)
> 32.186383,76.368172
🟡ギュメ密教僧院・下密院(ギュメ学堂)
> 12.220132,76.258755
🟡ノンブリカ研究所(ノンブリカ宮殿)
> 32.198757,76.358993
🟡ドゾンカー・シェード僧院(ドゾンカーシェード僧院)
> 12.217396,76.269787
🟡ネチュン寺(ネチュン寺)
> 32.225864,76.326266
🟡ガトン寺(ガトン寺)
> 32.225522,76.323814
⚪ラムテク僧院(ツルプ寺)
> 27.288591,88.561544
⚪ギュトー・カルマパ僧院(ツルプ寺)
> 12.406976,75.985362
⚪ペルプン・シエラブリング修道院(ペルプン寺)
> 32.052165,76.689681
⚪ジャンチュブリン僧院(ディクンティル寺)
> 30.380559,78.102162
⚪ラマユル寺(ディクンティル寺)
> 34.283033,76.774001
⚪ピヤン寺(ディクンティル寺)
> 34.186410,77.489558
⚪ブマン・ジャンパリン僧院(スルマン僧院)
> 32.013102,76.736502
⚪ラバ僧院(ツァンドラ・リンチェン・ダク寺)
> 27.086289,88.662432
⚪デチェン・チョコル・マハーヴィハーラ(デチェン・チョコル寺)
> 31.868231,77.148508
🔴ナムギャル僧院(ナムギャル僧院)
> 32.232524,76.324572
🔴ナムドロリン僧院(白玉寺)
> 12.430536,75.967547
🔴ミンドゥルリン寺(ミンドゥルリン寺)
> 30.261528,77.997567
🔴ゾクチェン僧院(ゾクチェン僧院) 
> 11.871561,77.242257
🔴チョクリン僧院(ネテン僧院)
> 32.036691,76.711793
🔴ドルジェ・ドラク僧院(ドルジェ・ドラク僧院)
> 31.072056,77.180347
🔴シェチェン・テンニ・ダルギリン寺院(シェチェン寺)
> 24.697261,84.987514
🌸サキャ・センター僧院(サキャ寺)
> 30.379232,78.087320
🌸サキャ・ディル僧院(サキャ寺)
> 32.037335,76.715005
🌸サキャ・ダム・チョエ・リン僧院(サキャ寺)
> 14.989647,75.010420
🌸デプン・サキャ寺院(サキャ寺)
> 15.028423,75.006469
🌸ゾンサル寺(ゾンサル寺 )
> 32.007293,76.738062
🌸ンゴル僧院(エワム・チョデン・ンゴル寺院)
> 27.341557,88.644123
🟢ジョナン僧院(ジョナン派)
> 31.105126,77.200876
🛞メンリ寺(メンリ寺)
> 30.846138,77.149341
🛞レドナ・メンリン尼僧院(メンリ寺)
> 30.837880,77.148145
🛞サンボタ・チベット・スクール・ ドランジ(メンリ寺)
> 30.842729,77.148774
🛞ソグ・ユンドルンリン・ボン僧院(雍仲林寺)
> 27.292415,88.411367
🛞ラバングラ・ボン寺院(雍仲林寺)
> 27.278675,88.334370


⑭ 周辺国のチベット寺院と施設一覧

・インドの他のチベット寺院と施設

🔴ジルノン・カギェリン・ニンマ寺院
> 32.239619,76.331255
🔴ニンマ仏教慈善協会
> 32.036156,76.715395
🔴ニンマ寺
> 32.037948,76.714582
🔴ジガル僧院 (ジガル・ドゥクパ・カギユ・ゴンパ)
> 27.034654,88.265123
🔴クングリ・ゴンパ
> 32.044132,78.075161
🔴タシ・ダルギャリン僧院 (タマン・ゴンパ)
> 27.041044,88.263827
⚪ドンユ・ガツァル・リン尼僧院(DGL尼僧院)
> 32.071337,76.591710
⚪チロックプール尼僧院
> 32.231575,76.068421
⚪テンガル修道院
> 24.703020,84.982837
⚪ヘミス僧院
> 33.912504,77.703085
⚪ドゥルク・サン・ガク・チョリン僧院 (ダリ僧院)
> 27.023573,88.255003
🟡ドルマ・リン尼僧院
> 32.200843,76.362068
🟡イーガ・チューリン僧院(グーム僧院)
> 27.038916,88.263732
🟡サムターン・チョリン・ゴンパ
> 27.011667,88.250278
🟡ティクセ寺
> 34.0558,77.6670
🟢カラチャクラ寺(法王寺院)
> 32.238333,76.323889
🟢オゲンリン僧院
> 12.208492,76.271822

・ネパールカトマンズのチベット寺院と施設

🟢スワヤンブナート (Swayambhunath)
> 27.714900,85.290400
🟢ボダナート (Boudhanath)
> 27.721443,85.362062
🔴アスラ洞窟(Asura Cave, Pharping)
> 27.613160,85.260406
🔴ヤンレショ洞窟(Padmashambhava Yanglesho Cave)
> 27.616466,85.263848
🔴リゴン・タシ・チョリン僧院
> 27.625868,85.263221
🔴サムイェー記念修道院(サムイェー寺)
> 27.625113,85.266538
🔴ネイド僧院
> 27.617326,85.275800
🔴シェチェン・テンニ・ダルギリン寺院(シェチェン寺)
> 24.697261,84.987514
🌸タルラム僧院(タルラム僧院)
> 27.72324, 85.36391

・バングラデシュのチベット寺院と施設

🟢ラージバン・ビハール(Rajban Vihar)
> 22.665959,92.170249
🟢ソーマプラ大僧院(パハルプールの仏教遺跡群)
> 25.031110,88.976940
🟢ヴィクラマシーラ僧院
> 25.323724,87.284819

・モンゴルのチベット寺院

🟡ウラン菩薩寺
> 39.610552,109.717700
🟡アマルバヤスガラント寺(慶寧寺)
> 49.480,105.085
🟡エルデネ・ゾー寺院
> 47.201372,102.842099
🟡トッフン寺
> 47.0119551,102.2554951


⑮ チベットと中国

ダライ・ラマ法王日本代表部事務所、チベットハウス・ジャパンなどから引用

1950年のチベット侵攻により、チベット自治区や周辺チベット人居住地域は中国共産党の統治下にあります。中国政府は「チベットは古来中国の一部」と主張し、チベット側は「独立国家への侵略であった」と主張しています。

文化大革命では、6千を越える僧院を破壊し、1996年から1998年の間には、中国当局による「厳打」キャンペーンで492名の僧尼が逮捕され、9,977名が僧籍を剥奪されました。僧院には、中国当局の工作隊が駐在し愛国教育をしています。

経済発展やインフラ整備が大きく進む一方で、宗教活動、僧院運営、教育、言論、移動については、中国政府による強い管理が続いていると指摘されています。

届け出のない5人以上の集会は違法とみなされ、取り締まりの対象となります。寺院や街中のいたるところに監視カメラが設置され、24時間体制で当局による統制が行われています。チベット自治区内外の移動や、外国人の立ち入りには厳格な許可が必要であり、パスポートの発給も非常に困難です。チベット仏教の僧院や僧侶は中国政府・共産党による直接的な管理下に置かれています。学校教育におけるチベット語の使用が制限され、中国語による教育が推進されています。貧困解決などを名目に、多くのチベット人が伝統的な生活様式から切り離され、職業訓練や移住政策の対象となっています。

中国人の大量の移住によって、人口比率が逆転し、チベットの文化を軽んじた政策に偏っています。チベットの教育システムは、中国人移住者と妥協したチベット人達によって管理され、チベット人学生は、法外で差別的な授業料を支払い、辺鄙な地域の設備の整っていない施設に追いやられています。

中国共産主義イデオロギーに反するような意見はどんな表現であっても、逮捕の対象となります。チベット人は、恣意的に逮捕・拘禁をされています。政治的理由による投獄率が極めて高いです。収監されているチベット人達は法的代理権は与えられず、また中国の訴訟手続きは国際基準を満たさないものです。中国の刑務所や拘置所では、今でも拷問がはびこっています。強制収容され、詳細な拘留理由も明らかにされることなく、失踪を余儀なくされるケースが続出しています。パンチェン・ラマ11世は、1995年の報告以来、行方不明のままです。チベット人女性は、不妊手術・避妊・中絶手続きを強要する対象にされています。

過去50年間に、森林伐採・土壌浸食・野生動物の絶滅・過放牧・無制限な採鉱・核廃棄物の投棄など広範囲に亘って環境が破壊されました。中国政府は、環境保護も無しに様々な天然資源を採取し続けています。1985年までに森林面積は半減しました。大規模な森林伐採、採鉱、農耕地の拡張により、土壌浸食とアジアの重要な河川の氾濫を引き起こしています。

中国の15の主要な鉱物資源のうちの7つは、10年以内に枯渇すると予測されており、その結果として、チベットでの鉱物資源の採掘が急速かつ無制限に増大しています。

中国は、1970年初頭から1971年にかけて核兵器をチベット高原に輸送し、青海省アムドの北西部先端にあるツァイダム盆地にDF-4ミサイル発射用地を完成させ、核ミサイルを配備した。現在もチベット四川省のツァイダム、テルリンカ、青海省と四川省の境界の四カ所にミサイル発射用地が整備されています。中国はヤルンツァンポ川に大量のダムを建築してきましたが、それらは核弾頭や軍事基地、核廃棄物処理のための施設だと推測できます。

中国はチベットを自国や他国の核廃棄物の投棄場として使用しています。1984年、中国核燃料総公司は、西側国の核廃棄物施設に1kgあたり1500米ドルで提供しました。

2002年8月以降の調査で、中国がウイグル地区で実施した核実験によって、同自治区のウイグル人を中心に19万人が急死し、急性放射線障害など健康被害者は129万人にのぼり、そのうち、死産や奇形などの胎児への影響が3万5000人以上、白血病が3700人以上、甲状腺がんは1万3000人以上に達すると発表された。また、被害はシルクロード周辺を訪れた日本人観光客27万人にも及んでいる恐れがあります。

楼蘭遺跡の近くで実施された核爆発では、東京都の136倍に相当する広範囲が核汚染されました。中国の核実験は、核防護策がずさんで、被災したウイグル人への医療ケアも施されずに、広島原爆被害の4倍を超える被害者を出しています。中国の核施設の近くに住むチベット人や家畜の不審な死亡が報告されており、また癌発症や出生障害などの増大も報告されている。さらに、水質汚染が発生し、中国人の地域住民には水の使用に関し警告が発せられたが、チベット人住民には一切伝えられませんでした。

2026年2月6日、アメリカ合衆国のトーマス・ディナンノ国務次官が、中国政府が2020年に核実験を秘密裏に実施し隠蔽工作を行ったとする分析結果を発表しました。

・民族団結進歩促進法

>🇨🇳本年7月1日より、中国において「民族団結進歩促進法」が施行されます。本法は、民族問題に関する習近平の政策を法典化したもので、国内国外を問わず、習近平総書記の「重要思想」を履行することを義務付け、その履行に関し「統一戦線工作部」と「国家民族事務委員会」に目標達成の任務を課すものです。そこでは、愛国主義教育、公式な歴史叙述の教育、「中華の優れた伝統文化」の宣伝、および「中国の文化的象徴と中華民族のイメージ」の推進を通じて、「偉大なる祖国、中華民族、中国文化、中国共産党、および中国の特色ある社会主義」へのアイデンティティの育成を求めています。また、保護者には家庭教育を行う義務があり、「未成年者に民族の団結と進歩を損なう思想を植え付けること」を禁止しています。本法は、民族団結の概念を損なうと見なされる中国国外の人物を追及する権限を国家に与えています。

※本法は、少数民族グループの間の宗教的、文化的、政治的活動を制限するための法的根拠を拡大するものであり、非漢民族がいかなる種類の不満を表明しても「分離主義者またはテロリストであると非難され、国境を越えた弾圧であると指摘されています。イスラエルが、「ハマスだから」「ヒズボラだから」、「テロリストだから」と言い、「御神託化された言語」を共有する文化に基づいて、他民族の殺傷与奪権を合法化しているのとかわりありません。これらは、アメリカの反ユダヤ思想の取り締まりと弾圧活動を彷彿させるものです。体制側の支配権を永久に欲求しているのは、批判されることを累積し、転覆による粛清を恐れているからです。専制君主国家、暴君と同じです。近代化、生産性、利益などの目標や功績を揚げることで、人権問題を覆い隠しているのです。義務と報酬、罰則により人類の家畜化を目指しているのです。律令制も君主制も、それを支える元の思想は、人類の家畜化です。2026/06/25











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